「相田さん、灰が落ちる!」
「あああっと、危ない」
鈴木は眼を光らせる、前後の車両、反対車線、隣の車線、歩道の通行人、ビルや建物の窓に映る人影。
「狭いところでどたばた動くなよ、くそっつ、下に落ちた」車列が動き出す、相田は悪態を付きつつアクセルを踏んだ。「あああん、もう」
「部長が僕たちを監視してます。もしくは監視をつけています」
「なんだってそんな事を、犯罪者でもないし、有力な情報をどこかにばらまこうともしてない。これから警察署に大人しく帰る刑事だぞ」
「茶化さないで下さい」鈴木か頭を低く、外の様子をうかがう。ちらりと運転中の視線を外す相田が言う。
「何だよ、その格好は。もしかして、お前変なこと想像していないよな?」
法廷速度まで車速が上がり、前方車両との感覚がひらいたその時に、カツン、カツン、トタン屋根に降り始めの雨粒が当たる、室内で聞く雨音が二回、車内に響く。
「今の音はなんでしょうか?」頭を下げた状態、鈴木は喉を締め付けた声で不信感を匂わせて言う。
「小石でもあたったんだろう。くそっ、降りてから傷を確認しない。あーああっつ、ツイてない。お前、いつまでそんな格好で乗ってるつもりだ?」
「本当に石ですか?」
「なにが?」
「当たったのは拳銃の弾じゃないんですかって、言ってるんですぅ?」頭を上げ、叫んだ鈴木の音声は、コントロールを失う前方の車両にかき消された。その車両はフロントガラスにヒビが入り、サイドのガラスは粉々に半分ほどが砕け散っていた。交差点で一周。隣のレーンにはみ出す。後輪が白煙を上げる。交差点は片側三車線の一方通行。車は時計回りに回転、運転席、フロント、ナンバープレート、助手席、四百五十℃のあたりで中央分離帯にフロントが衝突、中空を縦回転で体操選手のように舞った。横断歩道に運転席側がアスファルトとコンタクト、天井をこすり、正立。勢いは止まらず、さらに一回転。車が正常な体勢で横断歩道の行く手を遮った。
車越しに繰り広げられたカースタントは鈴木の聴覚を麻痺させるほど、精神的な衝撃を与えた。目が離せなかった。いいや、対応すら困難、なすがまま、見るがまま、移動を続けられたのは相田の運転のおかげだ。そうでなければ、今頃は立ち尽くして目の前に映し出された異常を呆然と眺めていた。
景色が流れる。交差点を過ぎる。相田が先に口を開いた。
「おい、さっきの音は石か?」
「撃たれたんですよ」
「誰にだ、くっそ。こんな街中で、狙われているってのか?」
「知りませんよ。部長の仕事を引き受けたからこうなるんです」
「受けたのはお前だ。それにどうして打たれるってお前わかっただよ。隠れたじゃないか」
「映画じゃ常識でしょう。ビルに囲まれた場所で死ぬ奴は、狙撃で死んでますから」
「俺たちが警察だって知っていて撃っているのか?」
「おそらくは」
「正気じゃないな」
「署に連絡だ。二人じゃ手に負えない」
「どこかに隠れましょう。見えない相手から逃げ回るのは得策ではありません」
「お前、楽しんでないか?」
「そんな。死にかけたんですよ」鈴木は右手を伸ばして進行方向に向ける。「ああそこ、立体駐車場に入ってください」
「中は行き止まりだろう。追いつかれたら逃げ場がないぞ」
「いいから早く」
相田は急ブレーキ、急ハンドルを切って、地下のスロープを降りた。恐る恐る、駐車券を素早く機械から抜き取り、バーを通過する。
「とりあえず目に付きにくい、出入りに面倒な最上階まで上がってください」姿勢を戻し座り直す鈴木が指示を出す。おそらくはまだここでは脅威がないと、踏んでいる鈴木である。「上まで言ったら、エレベーターで一階へ。管理室に急ぎます」
「お前、何か考えてるな?」
「電話をかけないのはそのためでもあるんですよ」