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水中では動きが鈍る 5-2

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「でもですよ、より多くの可能性を網羅して初めて捜査方針を決定をするんです。僕達の意見も取り入れたのは二回とも捜査が行き詰ってからなのは、おかしいですよ」
「だから、俺達の主張が最初から採用されるわけがないの。座っている席がそれを物語っている。どうして後ろの席だと思う?」
「そりゃあ、邪魔だからでしょう?」
「わかってるんじゃないか」
「しかし……」
「うるさい、もう止めろ。俺はもう帰る。それじゃあお先に失礼します」相田も種田に続いて帰っていく。
「うん、おつかれ」
「帰っちゃいましたね」
「お前は帰らないのか?」
「帰ってもすることありませんし、それに明日もまた待機組ですからね。なんだか明日への希望が持てなくて、帰ってしまったら従ってしまうように思うわけです」
「明日はなにもないと想像しているのはお前自身だ。お前が勝手に作り上げた明日だ。知らず知らずのうちにそれに労力を注いでいるから、暇な明日になる」
「なんですか?それ」
「楽しいから楽しいのか?それとも楽しいの思うから楽しいのか?どっちだと思う?」
「うんと、そうですね。楽しいというのは自然と沸き上がってくる感情ですから、楽しいから楽しいの方ですかね」
「なぜ楽しいと思う?」
「なぜって、それはワクワクするからであって理由は説明できません」
「そう思い込んでいるだけじゃなのか?」
「それは違うと思いますよ。だって、喜びは作り上げたものではなく根源的に内在するものです」
「最初から人間それぞれに備わっているということか?」
「はい」
「じゃあ、車の運転が楽しいと感じる者と嫌だと感じる者が存在するのはどうしてだろうか。車の運転には正も負の感情もない。そこに意味付けを行うのは運転する人間だ」
「あの、何を言いたいのか……」
「要するに、楽しいと思う自分の存在の別次元に車の運転が位置している。元々は楽しいとか嫌いなどの感情は人の行動とは別にあるのさ。楽しいのは面白いからではなく、面白そうだと動機づけたから面白い。お前が明日も暇だからと言ったのは、暇な明日を思い描いているからさ。意識をそこから外せば忙しい明日も見えるんじゃないかと言っているんだよ。黙って時間通りに出勤して相田と話し込んでいればもちろん、暇な一日になるだろうがね」そこまで言うと熊田はタバコを口に咥えて出いていってしまった。怒られた時よりもなんだか虚しく、不安な感情が胸中にはびこっている鈴木である。それは熊田が怒りや喜びを核として、物事を論じないからだろう。押し付けや共有といった他人の領域を荒らすようなスタンスと異なった、ある種気づかれなくていいぐらいの角度、距離、そして態度で話しかけてくるからだ。
 熊田は時に禅問答のような会話を仕掛けてくる。しかし、鈴木には熊田の言葉に思い当たるフシがあった。