コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

あちこち、テンテン 5-1

 ハンバーグの大々的な勝利はお預けに終わった。六対四の割合の場合は継続経過に移行し、翌週に同じメニューで割合をはかり、そこで七対三の割合に分かれるとハンバーグをメニューに定期的に登場させる。また、支持が七割に達しないときは、もう一品を変えて動向を見守る。選択時間の削減のためにランチメニューは二品である。これは決して作り側の手間を省くためではない。
 店主は、ハンバーグを今日のメニューから一旦退け、ビーフシチューと競わせるもう一品を早朝の厨房で思案していた。本来ならば昨夜に決めているはずである。この頃の季節は夏から秋の匂わせる時期にさしかかり残暑によって日中は外気温を上げるが、だらだら汗をかくほどの真夏の気候ではなくなっていた。食欲が急に増し始める季節と夏場の疲れが気温差で体に表れもするだろうから、あっさりとした味つけが好まれるのだろうか。
 店主は腕組み、構想を練る。ドアベルが前後左右に錆びついたかつての金色を鳴らした。見慣れない風体の二人。皺がよったスーツ、どんよりとした気配の中年男性と二十代の女性である。表の看板はクローズのはずだ。外から僕を見つけて、開店と勘違いをしたのかもと店主は考えをめぐらす。
「まだオープン前ですが」スーツの男はざっと店内を見渡す。話を聞いていない様子で、返答がない。もう一人は入り口に立ち尽くし、じっと一点を見つめている。
「……O署の熊田といいます」熊田と名乗る刑事は、手帳を見せて店主に向き直った。
「同じく種田です」入り口の女性が感情を殺した面持ちで口だけを動かす。
「隣町の警察が、うちにというか僕にですか用事があるのは?」
「僕?」熊田は聞き返す。久しぶりに見た反応、一人称を咎められたのはいつ以来か。自分のことを名前で呼ぶ女性は許容されるのに。
「失礼。昨日、この通りで人が亡くなったのをご存知ですか?」顔の前で手を振る熊田は通りに首を振って切り出した。
「いいえ、パトカーが止まっていたとは聞いていますけど、それ以上は何も」
「客商売なのに?気になりませんでしたか?」
「うちで起きた事件ではありません」
「少女が殺されました。昨日の午後二時半過ぎです。その時間はあなたはどちらにいらっしゃいました?」
「テレビと同じですね、質問はそうやって唐突に切り出すんですか」
「我々がテレビに寄せているともいえますね。誰に聞き込みを習ったのかといえば、警察学校では教えてくれませんし、指導係の上司にだって懇切丁寧な指導は期待できないですから」
「熊田さん話が逸れています」ロボットのような話し方で、女性刑事の種田が話題の方向を修正する。
「これは失礼。お店は二時から休憩ですよね、入り口の表、黒板に書いてあるとおりディナータイムまでは仕込みですか?」
「はい。私は休憩を取らないので、ずっと店にいましたよ」
「昨日も?」
「ええ」
「事件のことはどなたから聞きました?」
「従業員からです」
「事件を知っていますね?先ほどは知らないと言ったのに」種田が言う。