館山に警官が付き添い、離れる足音が鳴った。
「あんたが見つけたのかい?」白髪の鑑識が問う。
「店の従業員です、見つけたのは」口元にしわを寄せて鑑識の男性が立ち上がる。意外と身長が高いとわかる。僕自身の感覚も死体を見つけて麻痺してたらしい、と店主は分析する。男性は、うなる。動物の威嚇ではなく、考え込んでいる様子を声にならない音声に訳しているのだ。本人も気がついてはいない癖だろう。顎に手を当てて、表情は一向に冴えず、固く、うつむき加減。女性の鑑識は男性の傍でじっと耐え忍んでいる。彼女は仕事を請け負う立場、仕事を生み出す立場ではないらしい。新人の期間、所属したばかりか、この男性の気難しさや気性の荒さなどの性格のためか、もしくは位の高い人物であるか……。だが、そのような役職の人物が現場に足を運ぶとは思えない。まてよ、昨日の大まかな初動捜査が終わったあとにふらりと優雅に現場の進捗状況を見学に来たのかもしれない。店主は、二人の鑑識の関係性とその背景や性質を記憶する。こういった、一見料理には無関係な事象もあるときにふと、メニュー開発のひらめきに繋がるのだ。そもそもひらめきは、無から有が出現する魔法ではなくって、味覚の基本理念に沿った実験である。失敗が少ない実験と言い換えても問題はないだろう。
「神さん、タバコは控えてください。どこだと思っているんです?」鑑識の女性の怒られる神と呼ばれたベテランの鑑識は片目をつぶって言い返す。
「火はつけていない」
「咥えたら、いずれ吸います。ケースに戻された試しは私が見た限りではゼロです。反論がなければ、早急に戻してください。神さんは、それりゃぁ、叱られませんよ、だいたい下っ端の私が……」
「キャンキャン騒ぐな、頭に響くだろうが」神は言われたとおりにくしゃくしゃのソフトケースにタバコを差し込んだ。女性の顔に明るさが戻る。
スーツの刑事が一人、駆け足で現場に足を踏み入れる。以前に店にやってきた二人のうちの一人だった。機械的な口調が印象的な人物、記憶をよみがえらせる店主に、刑事の種田が店主に質問を唐突に投げかける。
「あなたが手を下しました?」
「いきなりですか、僕は何もしていません。ああ、脈は測りました」神と種田はアイコンタクト、神は肩をすくめる。映画俳優でなくとも、その仕草を見らたのは僕にとっては収穫と店主はひそかに思う。
「ここでは場所が悪い、あなたのお店でお話を伺いましょうか」
「今日は午後も仕事にはなりそうもうないか」連れ立って店主そして刑事の種田は店に戻った。店主はテーブル席に従業員を座らせる。種田は片足に体重を乗せ腕を組んだ状態で発見時の証言を取り始めた。国見、小川の二人はまだショックが大きいために、まずは店主とそれに館山から事情を話す。