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空気には粘りがある1-3

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 熊田は鑑識によって運ばれていく死体を見送りながら現場を注視する。よく見ると現場には血痕のあとがほんのわずかしか周囲の土や草木に付着していない。死因は解剖結果次第である。しかし、外部からの観察によってわかったこともある。全身の擦過傷に、打撲の痕、腹部に残された広範囲の赤み、口から流れた血液が視認されていた。もちろん、自殺の類でないのは、感覚として察しただけであるが、明白な根拠があるわけではない。今日以降の被害者の予定が明るみにでたとしても、自殺であれば衝動的の確率が高く、明日の予定は頭にはないと考えられるので、自殺か他殺を判定は難しいと言える。

「熊田さん、まただんまりか……」熊田からの指示はすでに終えていた。最寄り駅はこの坂道を道なりに下ると線路を越えて駅が現れる。距離にして800メートルほど、所要時間は10分ぐらいだろう。行って帰ってきた鈴木の生の声なので信憑性は十分だ。寝静まった駅前には数台のタクシーがロータリーに待機している。車のエンジンは止まっているようで静かだった。鈴木がタクシーの運転手に話を聞いてきた内容は、終電の時刻は0時20分が下りの時間で、上りの終電は下りよりも先に駅を通過して本日の職務を終えるのだそうだ。一日の終わり現場を通過する人は下りの終電から降りた人間が有力であるとのこと。

「もうすぐで終わると思います、考えているだけですから」鈴木の傍らに立つ種田が風に流され乱れた髪を押さえてこちらを見ずにそういった。2人ともベクトルが一方通行のように鈴木からはみえる。

 種田の発言を聞いていたかのように、熊田が振り返り、2人に対峙する。いつもならば吸っている煙草が今日は手元にない。現場保存に気を使ったのかそれともたんに煙草を忘れたのか、はたまた時折吹く強風でタバコに火をつけられないかだろう。熊田は無表情である。