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摩擦係数と荷重9-3

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「おい、種田聞いているか?」ぼんやりと現実から乖離していた種田に遠くから声がかかる。
「はい」自分の声でやっと現実の世界に再登場。
「帰るぞ」
「もうですか?監視カメラの映像は?」
「生憎ですが、その時の映像は記録されていません」申し訳なさそうに担当者が言った。
「そうですか」
「何回も同じ事を言わせるな。どうもすいません。お手数かけまして」
「いいえ、とんでもないです」
「私達はこれで失礼します」二人を見送りドアまで出てきて担当者は出口まで送ろうとしたが、熊田がそれをやんわりと断り、二人はまた軽く頭を下げて部屋をあとにした。
 一階のロビーを見下ろすビル中央の空間からエスカレーターで一階へと降りる。まるでどこかの商業施設のような作りだと感じたが、実際そうであり、半分は地下から3階まではテナントが入り、おもに地下は食事処が立ち並び、一階から3階は本屋、洋服、雑貨、喫茶店、旅行代理店など多種多様は配置で人の出入りを促進させて動線を取り入れテナント料と活気を付随している。ただのセキュリティ会社のビルだけでは終わらせたくはないらしい。
 大掛かりな球体型のオブジェが一階ロビーの入り口正面にある。その隣には大きな文字盤の時計が時刻を誇らしげに示すように時を刻んでいる。もう正午を過ぎていた。人の多さが一段と感じられる。種田の一番い嫌いな時間帯である。わらわらと群がる人の中に身を委ねていると時に気が遠くなるぐらいに息ができなくなる。通りすがるすべての感情が様々な色で体内を蝕んでいく。しかし、暴力を振るわれているわけではない。でも、広がかった多種の気配で気分がすぐれない、ちょうど何種類もの香水を一度に嗅いだ感覚。クラクラと麻痺。脳が揺れる。めまい、吐き気。以前よりは、外部との摩擦に慣れはしたが完全な私ではなかった。
 車は堂々と地下の駐車場に乗り入れられていた。入り口の警備員に警察手帳を見せると、慌てて赤と白の混線のバーを上げてくれて、特別に無料で駐車できた。一階までエスカレーターで降り、駐車場へは専用のエレベーターに乗り換えて下降。熊田は黙っている。じっと手持ち無沙汰の手をポケットに入れ何かを考えているようである。話しかけても答えは返答はないと知っていたので、種田もなんとか事件のおさらいと今後の対策を思案することにした。