コンテナガレージ

仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

摩擦係数と荷重9-4

f:id:container39:20200509131858j:plain

 車に乗り込む前に種田は行き先を聞く。このあとの予定が明確ではないからだ。
「次はどちらへ?」シートにじっと体を預けて熊田は動かない。停止。電池が切れているのか、うんともすんとも言わない。「タバコ吸ってもいいですよ?」ピックと体が動き、こちらを見た。
「じゃあお言葉に甘えて」
「先程からず随分と考え込んでいるようですが、なにか気になることでもあるのですか?」種田は質問の中で答え導くタイプである。相手を使い、思考のプロセスを任せてその解を導き出すパターンをもぎ取り、力として次の回答に活かす。疑問には敏感であるが、冷徹で正直であるために日常の人々の行動や諸形式などの一般的と言われる概念は欠けている種田である。
「午後9時頃に出入りの形跡が二回、紙に書かれていた」
「早手美咲と屋根田が事務所を出たのです」
「ただ開けて閉めただけでも一回の記録として残るよ」
「それは、つまり最初の出入りで早手は事務所を出てはないという意味ですか?」
「そうともとれるし、早手はそもそも事務所を訪れてはいないとも言える」早手がアートプロジェクトを訪れた事実を確認しているのは屋根田だけである。加えて、事務所で働いていた者たちは早手が来る前に退出していた。
 エンジンがかかり、車はゆったりと体を慣らすように進む。警備員と窓越しに挨拶を交わしスロープを登り地上へ出ていった。午後の真昼、昼食時、助手席、目的地なし。目指す先はどこか。
 通りの名と交差点の住所でだいたいの位置を把握する。車は西に向かっている。どこへ行くのですかの言葉は喉の奥にとどめておいた。熊田自身にもわかっていないのだろう、その証拠がこの沈黙である。声が聴こえないのは、種田にとっても望ましい環境である。無駄口の応酬は得てして自身の自慢や聞いてもいない過去の武勇伝にまでその幅を広げながら尽きることなく、また際限もない。
 窓を少し開けてみた。充満している煙草の煙が外に流れる。それと交代して入る空気。冷たくて外からの空気であるだけで新鮮で綺麗だと比較で認識して、まだ冷たい風を浴びる。
 ドライブ。運転が名前を変えただけでデートに早変わり。
 二人でもって狭い室内で時間を過ごしたから、錯覚の心象は転調で、ドキドキと緊張が錯覚を起こす。まやかしだ。
 眠くなった。うとうととしていたら、意識が飛んだ。薄れていく意識、ベッドに入ってからの眠りの作用よりもこうした昼寝やうたた寝の方に気持ちよさを感じてしまうのは、まだ眠りたくない現実と眠りたい夢の狭間を行ったり来たりでそれがまた荷重を抜いた浮遊感を演出してしまう。