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摩擦係数と荷重7-9

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「私がそう望んだからですよ」屋根田もひるまない、それどころか二人の間だけの意思疎通さえ感じる。二人に視線が交差する。
「仕事を始めて間もない頃は選んでいる余裕などなかったでしょう?」
「いいえ、最初からこのスタンスでやっています。スタッフは初期からは増えていますが給料を渡さなかったことは一度もありません。あなたも刑事さんですか?」いままで誰だと思っていたのかと、言いたくはなったがいつものように感情は脇へと、どけてニュートラルを維持して返答する。
「はい」
「男性から綺麗と言われるのが嫌いですね?」急に事件とは無関係な私情を探るように屋根田が尋ねる。
「それは質問ですか、それとも同意ですか?」
「質問です」口元がニヤリと歪む。
「質問にどうしてあなたの感情が入っているのですか。男性から綺麗と言われるのに、どのように思うかでよろしいのでは?あなたは明らかに答えを誘導しています」
「とても聡明です、あなたは。それに正直でもある。失礼、この質問を返されたのは初めてです。綺麗な人はたいてい幼少から言われていた他人からの褒め言葉に疑いと当然が込められていると信じている。ですが、あなたは種田さんでしたか、きっぱりとアドバンテージを捨て去っている」
「質問の答えは何でしょうか?まだ聞いていませんが。……それよりも脱線した話から、そろそろ本筋に戻ったらいかがでしょう?」浮ついた態度をスパっと切り捨てる種田。
「そうでした、えっとなんの話を……」くしゃっと顔にシワを作って屋根田が左上を見る。
「事件をいつどこで何で知ったのかを屋根田さんが話したところです」上空から獲物を狙う猛禽類の目で種田は屋根田に冷たくそして現実を見せる。
「早手さんが帰った正確な時間は調べられないですか?」これ以上種田が話し続けると相手の機嫌をそこねてしまうと熊田が判断し、相手役を交代させる。
「それは、うーんと、ここは防犯カメラも取り付けてはいないですしね、ああそうだ」身を乗り出して、屋根田がポンと手を叩く。「セキュリティ会社に問い合わせれば、大体の時間はわかりますよ。早手さんが出ていったすぐ後に私も事務所を出ましたから。ロックされた時間とかは機械に記憶されていると思いますよ。防犯カメラではないですけど監視カメラならありますから」
 屋根田の話によれば、アートプロジェクトは民間大手のセキュリティ会社に防犯警備を依頼し、玄関に監視カメラが設置されているとのこと。防犯カメラとの違いがわからない熊田であったが、屋根田の言う防犯カメラは録画した映像を自由に見られるものであるとの認識だそうだ。玄関のカメラはセキュリティ会社を通してでしか見られないらしい。これらから第一の事件当夜に早手美咲とそれに続いて屋根田が事務所を出る映像が残っていれば、早手美咲は真実を述べたことになる。でも、それは、屋根田とのやり取りがその時間にこの場所で行われていただけであって、それ以外の時間、つまり早手美咲アートプロジェクトへの訪問とその帰宅まで時間は彼女の所在の証明にはならない。
 おかしなことに、早手美咲が直接帰宅したと仮定しても、娘の安否を気遣い、捜索願の提出のため翌日、警察署に赴くまでの時間が短か過ぎる。自宅でじっと娘の帰りを待っていたのなら、焦れた思いで行動を起こす過保護な母親はいるかもしれない。あるいは早手美咲はすでに娘の死を知り得ていたとして物語を追っていくと二、三日は間を空けた方が娘の所在不明をアピールしやすいだろうに、翌日の捜索願は不信感を抱かせるとは考えなかったのだろうか。
 アートプロジェクトの案内役の女性に玄関まで見送られた。彼女が深いお辞儀からドアを閉めた。すると、種田が急に踵を返して玄関に戻る。
「おい」熊田の静止も聞き流し、種田は玄関の天井、ドアに近い場所に取り付けられた防犯カメラの存在を凝視した。「なにしてんだよ」
「見てわかりませんか、このカメラが本物かどうか確かめているんですよ」
「外見からじゃあ、判断できないだろう。さっき聞いたセキュリティ会社に問い合わせれば契約しているかどうかなんてすぐにわかるだろう」あきれて熊田はアートプロジェクトの敷地内に門から建物までのちょうど中間あたりに立つ。綺麗に並べられた誘導する石の列に熊田の足。
「このカメラはダミーかもしれません。一応の確認ですよ」じろじろと舐め回るようにカメラを爪先立ちで覗いて、熊田が車まで数歩、歩き出してやっと種田は見切りをつけたのか、今度は惜しむようすも見せずに車に乗り込んだ。