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水中では動きが鈍る 3-5

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「……ここ禁煙ですよ」澄まして熊田が指摘する。
「お前、怒られるのがわからないのか?俺のことはどうでもいい、証拠を隠してた事実はそう簡単に許されはしない。わかっているのか?」
「はい」明らかに捜査の進捗状態よりも自身の進退に比重が傾いている。管理監は片手で頭を抱えて熊田に再度尋ねる。今度は弱々しい口調であった。
「はぁ、……それで、現場に遅れてきた警官に目星をつけたのはなにか特別な意味でもあったのか?」警官の不祥事で事件の終幕にはならなかったが、警官たちの不審な行動に振り回され事件は振り出しに戻っていた。聴取された警官からは殺人事件への関与を仄めかす告白とは程遠いごく普通の成人男性の日常が明るみに出るだけであった。
「交通事故の対応後、第三の現場に向かう警官の交通手段がはっきりとしません」
「移動手段?そんなもん、車がないなら自転車か、歩くしかないだろう」
「移動に使用したとみられるクルマや自転車は現場には止められていませんでしたし、もし歩いてきたとしても汗ひとつ掻いていないのは不自然です」熊田、種田そして鈴木が警官の息を切らせた姿や汗拭く仕草を視界に捉えてはいなかったのだ。熊田と種田においては平均以上の記憶力と種田には脳内で過去の現場を再現する能力が備わっている。二人の中の警官はいずれも不審な動きを見せないでいた。
「現場に入る前にハンカチか何かで拭いたんだろう」管理監の左に座るメガネの男が言う。細面、撫で付けた長めの髪。
「歩いてきた選択肢を排除したのはそれだけの理由か?」管理監が深く煙を吸い、吐き出す。
「違います」本当はその通りであったが、ここでただの勘だとはいえない。管理監は証拠や辻褄の合ったストーリーを好むからだ。一時の間でぱっと先が開ける。「……歩いてきたとしたらトンネルの向こう側から来るはずなんです」途切れていた論理をギリギリで繋いだ。「トンネルへの経路は二通りあります。一つは佐田あさ美が通った経路です。こちらから入ると途中で二股にわかれた道を右手に進み国道の下トンネルに行き着き更に進むと坂を登って国道に合流するのです。交通事故現場にもたらされた情報からは第三の現場であるトンネルのどちら側寄りに遺体が遺棄されていたのは伝えられていないのです。つまり、徒歩ならばトンネルの反対側から現れたはずなんです」
「しかし、調書にはパトカーで急行したもう一人の警官は間違うことなく入り口にたどり着いていてる、と書かれている」右隣の男性がきいてきた。声量は小さい。彼が言いたいのは、最初に駆けつけた警官がなぜ遺体に近い側のトンネルを間違わなかったのかである。