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ゆるゆる、ホロホロ3-1

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 今日はどこに行っていたのか自分の行動の予見を問いただしても明確な理由を得られる期待は薄いだろうか。三神は警察の追跡と取引相手さらに正体不明の見えない相手に応じるため、丸一日を市内の移動に費やした。通信回線の整ったホテルの一室でPCを開き、今日の分のノルマを書き上げた。残りは約六割、クライマックスに向けて後は流れるように書き進めるだけだ。はじまりが険しく、終わりはむなしく惰性で坂を下れる。小説よりも現実が凌駕する体験は人生始まって以来の出来事だろう。しかし、小説の構想を奪ったとしても、世間には私の作品が公表されている。二番煎じでは模倣のレッテルを貼られてしまう。それなりのヒットを記録しているし、十代から熱狂的な支持を受けている現状において、アイディアの活用は既に失われている、そう結論付けるのが妥当。彼らは一体なにがしたいんだろうか。もしかすると、私を殺すことが目的かもしれない。いいや、それなら部屋に侵入する意味がない。居場所を知っているのだから、襲うチャンスはあったはずだ。わからないことだらけだ。あの女は証言を偽れと言うし、まったくどうなっているのやら。

 雨に濡れる窓を眺めて宅間は休憩を入れる。コンビニで買った無糖のコーヒーを傾けた。ベッドに腰を下ろすとメールが届いた。視界の端で画面が動いたのだ。出版社からのメールである。小説家業の初期に世話になった出版社で、文庫本の増刷のお知らせであった。いきなり増刷の知らせが舞い込む場合はメディアに取り上げられるか、有名人が紹介するとか、突発的なアクションが波及的な効果を読者層に広め、書店にくすぶる在庫の限りを売りつくして増刷がかかるのだ。増刷に際して、再度ゲラのチェックもお願いしたいとも書かれてあった。だだし、増刷を促した理由が文章には添えられていなかった。気になったので、三神はネットで調べることにする。タイトルとここ一週間の限定的な検索をかけたら、目撃した事件が出版した過去の小説の内容に酷似しているらしいことが判明した。

 思い返すと確かにそういった小説を書いたことはあったが、それほど似ているとは思えない。読者は作者よりも、作品の細部を記憶する傾向はどの作者のどの作品においても類似の傾向として知られているか。過去の作品を私は忘れていた。殺されるのは三人。いずれも少女。犯人の人物像は、……思い出せない。三神は両目のまぶたを軽くもむ。頭が回らない、糖分が足りていないのかも、ベッドの受話器を取りルームサービスで軽食、パンケーキを頼んだ。いつからホットではなくなったのか、その違いは知っていたが求める側の気持ちはあまり変わらない。

 ゲラの送り先を考えあぐねた。自宅ではまた襲撃の恐れ、しかし、家に届けられない理由も思いつかない。ホテルで原稿を仕上げていると言えば、いいのだ。それにはゲラが届くまでホテルに滞在しなくてはならない、かなりの出費であるがこれまでの生活を捨てるよりは大分ましなことに思えると、身を引き締めた。

 ドアがノック、ボーイが台車に載せて料理を運んできた。ついでにコーヒーも頼んでいた。恭しく丁寧なお辞儀で部屋を出る間際に、ボーイが三神に告げた。