「いいや、いい。ただの感だ。根拠なんてない。すまん。忘れてくれ」神は逃げるよう言うと素早く立ち上がり歩いていった。
灰皿を脇に寄せて種田は姿勢よく座り、窓の外、ほとんどが内部が映る景色で落ち着けた。
昔、姿勢が悪いと怒られた。
箸の持ち方が汚いと言われた。
挨拶がないといわれた。
笑えとも言われた。
遊べとも勉強しろとも本を読めとも言われた。
話すな。しゃべるな。うるさい。静かにしろ。
窮屈だった世界は押し付けの中にあって、私が取り戻せなくなる。忘れてしまったのだ。どうして私だけなんだろう。
感情が邪魔だった。いらないとおもったから捨てた。楽しくもうれしくも泣けどもその反対の悲しくもないならいらないだろうと。しかし、代償として世界が停止した。色でいうと真っ白。どれも形、特有の色が消えたのだ。無機質。宇宙遊泳。朝の3時がずっと続いているのだ。
私は私をどう捉えればよいのかと自答する。
誰の世界なのか。
私の世界。
なんといわれようとも私が決めるのだから、白い花に黄色と名づければ完結する。
感覚の共有が私に責務で特異なことで察するセンサーの感度が自慢でもあった。
けれども、どんどんと私が居なくなる。合わせている私。
本当の私は何がしたいのだろうか。
制限のつきの鎖の範囲でしか動きが取れない。
ただの透明な鎖なのにサーカスの像は子供頃からの刷り込みで逃げられないと意識に蓋をした。
私もだ。
常識にのっとれば、真面目すぎると言われ、かといって堕落した生活が送れるほど未来をなめてはいない。
手が痒くなる。左手の湿疹はストレスの象徴。
耳が聞こえなくなった時期もある。世界が別次元に一段下がったような感覚。遠くで夢の中での声のようにかすかに聞こえるぐらいでしか音が聞き取れない。
音は必要ないのだと体が悲鳴を上げた。
人の言葉がうまく聞き取れなくて人が離れていく。
唇を読み取ることを覚えた。それでも、雑音が入るとうまく聞こえない。
伝聞の拒否。
収穫もあった。なんとなくだけれど、本当か嘘か正義か悪かの区別は声や口調、話し方で悟ることが出来るようになった。しかしそれはより私を埋める力となる。
私も嘘を付かないように心がけた。
回りはみんな自分を大げさに見せている。どれだけ先を走り知識を持ち、能力が優れているかを見せ合っていた。興味がない。まるで騙しあい。
けれどなかには、有り余る力を隠す人もいた。周囲が劣等生だと決め付けている人である。どうして、見せ付けてやらないのかを考えてみた。そこには私がいたのだ。
私が優れているとは言っていない。ただ、その人は本来の自分を抱えつつ現在に適合させていた。私は、拒否していた。だから、抱え込まないで脇に寄せていつもにらみ合っていた。白いペンキを塗ったフリをして。
何でこんなことをいまさら思い出しているのだろうか。種田は、まだ喫煙室から戻ってこない熊田に上司からの命令を受けに部屋を出た。