コンテナガレージ

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摩擦係数と荷重5-4

f:id:container39:20200509131858j:plain「ここは喫煙席ですか?」カップを口元まで運び優雅にゆっくりと止まることのない動作で種田はコーヒーを飲む。鈴木が種田を見計らって言った。
「ここに灰皿がある」
「そういえば、入店時にタバコを吸うかと聞かれませんでしたね」
「全席喫煙席かな」鈴木が首を伸ばして前方の若者たちや背後の入口ドアを挟んだ席の並びを見渡す。「吸っている人もいますね」わずかに喫煙者と煙が2席後ろで確認できた。
「そうですか、ではどうぞお好きなようにしてください」大きい両目を閉じて種田は喫煙の許可を出した。
「いいのか?」
「私だけが同じテーブルについているわけではありませんから」そのセリフは車内で熊田が何度も種田から聞いた言葉であった。しかし、ここでのそれは喫煙許可の意味である。種田の基準は平均をその旨とする。つまり、感情や好みには泳がされないのだ。種田に発言までのいつもの自分ならば、すでに喫煙は許可されて、ただの煙が脳を刺激してクラクラと揺らされている。嗜好品のコーヒーも加味されて。
「まだ5時ですか」鈴木はため息混じに不満を言う。
「休みたくても休めない時があるんだ、今日ぐらいはのんびりしてのバチは当たらない」正面の熊田はタバコを持たない方の肘をもう片方で抱えている。暇なので熊田の言い分を突き詰めてみようと鈴木が尋ねる。
「人が死んでるのにですか?」
「窃盗だと、休んでいいのか?」
「それは言いすぎですけど、だって、また誰かが殺されるかもしれませんよ」
「同じだね」タバコを吸い熊田が続ける。「仕事はしている。一日中気を張っていたらそれこそ必要に迫られた時に力を出し切れないんじゃないか?体が大きことも特に有利には働かないさ。日ごろどれだけ力を抜いていられるかが重要なんだ、力んだ時とのギャップの大きさで力の大きさは決まる。普段おとなしい人の怒りは、衝撃だろう?」
「うーん。それは確かにそうかも。しかし、僕が聞きたいのは急を要する事件の場合はやはり窃盗とは違いますよ」
「急がないと殺されてしまうからか?」
「はい」
「どちらも変わりはない。物が盗まれてもしそれが故人の形見であれば、悲しみに暮れて奪われた人は勢い余って自殺をしないとも限らない。殺人事件の容疑者はまた誰かを殺すだろうし殺せば、人が死ぬ。人の死はどちらにも訪れる。ただ、殺人の場合は次回犯行の可能性の高さと殺される想像がつきやすいだけだ。殺される、あるいは死に関してはどちらも同等だよ」
「同等ですか……」鈴木は髪をくしゃくしゃとかき回した。納得出来ないといった仕草。鈴木が熊田の返答を噛み砕いていたのは約10分で、種田と熊田は黙っていた。納得などは到底無理。所詮は人の考えなのだ。