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水中では動きが鈍る 4-4

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「仕事中です」きっぱりと美弥都は言い切る。
「私もです」熊田も負けじと言い返す。
「何度目でしょうか。私は雇われの身ですから、しかるべき対象者に断りを入れてくださらないとお客と店員を踏み越えて会話に没頭するわけにはいきません」美弥都はおどけるように首を傾けて言うと、左手を返し店長に差し向けた。3人が3人とも美弥都の動きあわせて自分を見つめてくるので、店長はぎょっとした。そして、熊田が立ち上がり迫ってくる。顔は真剣である。店長は一歩身を引いた。
「なっ、なんです、急に」レジを挟んで熊田と対峙。一拍の間、熊田が切り出す。
「事件について日井田さんに伺いたいことがあるのですが。暫くの間、日井田さんをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「事件って、彼女が関係していた殺人事件はもう解決したんですよね。それがなんで毎回こうして事件のたびに彼女を訪ねてくるんです、警察が」警察と知っての対応には緊張感が漂う。ここは住宅街の店である。以前に店の駐車場をはみ出した車の路上駐車を注意されたことが過去にあった。一般の客にはない、警察からのあらぬ詮索は店の存続に関わる心配が生じる、商売人にとってはなるべく敵を作らないのが生き残る鉄則と自負している店長である。だが、出てきた言葉は、批判じみた皮肉であった。
「その事件は解決して、今日はまた別の事件になのです……」
 刑事の対応は思ったほど当たりがソフトであったことに店長の気概は一気にしぼむ。どうして強気に出てしまったのかと、行ってしまったそばから後悔の心境に包まれる。刑事は店に目をつけているではない、と存分に言い聞かせて発言を帳消しにするように答えた。「はぁ、でもまあ10分ですよ。暇だから許可しますが万が一店が混んできたら、そこまでですよ」店がこの時間から混むことは万に一つとしてありえない。ただ、大きく出た手前、店長は弱気な発言はできなかった。時間の指定が微かな意地である。熊田は神妙に頷くと二度三度礼をして席に戻った。コーヒーは自分のペースで飲み進めるほどの適温にまで下がっていた。