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自作小説-レタリーピリカーカムイ

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 8-1

調査報告を鈴木はファックス用紙に『ひかりやかた』宛、六枚の綴りを送りつけた。搬送中に意識は回復し、病院に到着するころには会話ができるまではっきりと意識が戻り、驚くのは序の口で救急治療に取り掛かる検査の段階で鈴木の体は筋組織、血管、臓器に異…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 7

八月九日 (どっと目に疲労が及んだために、六、七、八日と家に篭る。今日を見越していたのかも、無意識ではあった) 今月の定期健診を受けた。内容をすぐに書き留めた、病院裏の駐車場はようやく埋まって横断がやっと途切れてくれた。 「どうぞ、次の方」 「…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-8

果実の甘さ。作業の手が止まる。赤銅色のミルを回すハンドルを伸ばした脇が心地よく程よい伸張を這わせる体勢であった。口に含む味覚のほとんどを苦味が占める、甘さはまだカップの縁に口をつけ液体が流れているときに良く見られたいがために印象を植え付け…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-7

「悔しかったら」室田は入り口に片耳を向ける顔のねじり。「そこの『週刊医療ジャーナル現場編』を読んでみたらいかがかしらね」 封書を彼女は持ち込んでいた、宛先はホテル、ここへ送られてきた郵便物である。 彼女らと入れ替わりに安部が姿を見せた。そう…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-6

「捜査が及んだホテル内をいっせいに隈なく取り掛かることはしませんでした。限られた人員が順々に『ひかりいろり』、天窓、屋根、通路、二階回廊と客室、フロントそして駐車場。鑑識は見当をつけた箇所を優先的に証拠が消えてしまうその前に採取、鑑定に回…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-5

少女の視線が美弥都の背後を捕らえる。窓。 ぐずついた天候、空模様は崩れたらしい、雨が落ちた。それらしい兆候を見過ごしていた雨雲の流れはひっそり水面下で忍び寄っていた。 極限状態に、室田祥江はの心情は晒されていたのかも、溢れるすんでんのところ…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-4

「すごーい。すごいわ。ねえ、店員さん、私が会った人であなたが一番賢い」「単なる推測でしょ。それぐらい叔母さんにだって朝飯前」「今は夕飯前。そうだ、ねえご飯、ご飯を食べたいぃ」上半身の揺れから少女の両足は交互に前へ進むバタ足の見本を示してい…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-3

飲み物の注文でも似たようなケースがある。大勢で注文する際にまとめて一人が勝手に飲料を決めてしまう、強制を敷く者に靡いてしまう者が少なくない。私はそう言った場合、あえて注文に同意を取る。一度聞いて覚えられる、ドンくさい店員をそのときは演じる…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-2

「叔母様いつになったら、夕食に連れて行ってくださるの?さっきから煙草ばかり吸って、お母様はいつも煙草を吸う人は配慮に欠けているって仰ってました。本当に嫌われますよ、今度こそ」年端も行かない小学生がいっぱしに大人に利いた口で意見する。しかし…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 6-1

入院を余儀なくされた鈴木の代役は来週、つまりO署特別捜査課は現場へ送り込む代わりの刑事が取得する休暇に合わす腹積もりらしい。「抱える事件が多いのです」、病院に送られる鈴木は搬送直前の救急車に乗せられる寝台の上で所属部署を庇った、うわごとで…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 5-3

光に包まれる、あれれ、呟く傍から体が燃え尽き、バルーンも咆哮ばかりの噴射装置も大きな籠だって見る間無残に跡形は細切れ紙片に空を飛べた。満足だろう、そう言った。言われたのか言ったのか、定かではない。とにかく誰かが耳元か体の内側で僕に聞こえる…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 5-2

重りを増やしやがって。この野郎、もう口も満足回らない、声が弱い。体内だと流暢なのに。 剥がれそうだ、皮膚が片側へ流れている、流れたいと切実に嘆願、僕に許可を求める。いけない、それは認められないんだ。波は押し寄せる、砂浜が削られる。海に風力発…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 5-1

あいつが来る、追いかけてくる、追いつかれた! 動けなく手足を縛られた。やめろ、やめてくれよ!聞こえていないらしい、仏頂面は黙々プログラムに従うみたいでどこか機械を髣髴とさせる。 半分、遮られる視界。まさか、そのまさかだ。ここをどこだと思うの…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 4

八月九日 狐は悪い、悪戯が好きであります。たいそう偏屈でして手におえず、その狐、仲間にも嫌われる。狐、茶色く、お腹の辺り、耳のうち側は白くて目は色々その時々やお昼までおりますと大層気取って見えます。夜は宝石、綺羅戯羅闇夜を飛び跳ねる。 ある…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 3-3

手を添え囲炉裏にはまる石に触れる。ぴったりと枠に収まる、盛り上がる、そう捉えられもする、けれど決して縁の高さを逸脱はしておらず弁えて平行に徹する。はいつくばって、顔をびたっと眼球があたるほど近づけてみた、成人男性の中で鑑識は当然としても、…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 3-2

天窓の開閉はこじ開けた形跡、外枠はたいそう綺麗な状態ですよ、屋根に上がった鑑識は大声を張り上げて情報を二階の回廊中に聞かせてしまった。耳の調子が少しおかしいのと、高所はかなり強風に煽られる、風の影響を非常に受け易いんだ。 鈴木は足を止めた。…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 3-1

一人体制で駆け回る捜査は気楽も気楽、調子を合わせるのは体調と空腹具合の二つが主な気にかける変化である。その反面訪問先が多いと次の段階へ移りたくても収集した情報に一旦検討の場を与えなくてはいけない、勿論推測を働かせて、たとえば上司の熊田さん…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 2-2

手早く洗顔、歯磨きを済ませて記録を僕は確かめてた。 時が止まった。目を疑う。息も止まっていたし、再開した呼吸で咽てもいた、痰が絡んだらしく、しばらくハンドルにすがって前かがみの体勢を続けた。それでも。瞳は画面を捉え続けた。理解し難かったし何…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣2-1

八月八日 二日間を思い出してみようとするが、一向に映像が浮かび上がってこない。手帳を開いても二ページは白紙、空白は空寒い。いつも業務日誌をつけてたのが癖になってる。ようやっと自分が見え始めた。まだ朝のそれも日が昇ったばかりの午前五時。昨日上…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 1-4

「二年前と今回、関連性を疑っていいのかそれとも偶然の域を出ない夏の休暇時期が揃っただけのことなのか、とはいえ宿泊者は僕と日井田さんを除くと状況は事件当日を再現したとも思える」鈴木は低い声で唸ったかと思うと世話しなく顔を上げた、パーツが広が…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 1-3

「そうでしょうか……。二週間に一度の散髪、その翌日は決まってか名前を聞かれるものですから、髪型を弄られているのかとも思うのですよ。割合はっきりものをいうタイプですしこちらとしても若気の至り、そういった時期はあってもまあ、今のうちだからと達観…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 1-2

日誌を睨みつける鈴木はぼやく。「家入さんの筆跡はどうも他人が書いたと見えなくもなくって、かなり日によって文字の特徴を変えてますよね。これって意識的なのかな、ふーん……」「気分屋ですから、家入は」グラスを一口傾けた、山城はあきれて眉に傾斜を作…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣  1-1

「日井田さん、押収品の手帳はお持ちですか?」鈴木は日誌を注視した前かがみの突っ伏しそうな姿勢のまま片手を伸ばす、上着は数分前降雨がもたらした湿度の上昇とほぼ水といえるコーヒーの摂取に吹き出す汗、それに暑さに耐え切れず、脱いでいた。袖のボタ…

鹿追う者は珈琲を見ず 11-3

「同年代の方に尋ねるのが一番かと思いまして、……この表現は標準なのでしょうか?」 分厚い日誌が天板をすべる。赤茶のカバーを開くよう言われた、鈴木は煙草を指に挟むと指定された日時を捲った。いわれてみると逸脱の極致不可解で質朴ともいえて、ただしそ…

鹿追う者は珈琲を見ず 11-2

水筒を安部から回収する美弥都がカウンターに流れるよう正面の立位置に収まった。湯気の立つ液体は薄茶色であった。 僕が選ばれた、そう捉えていいんだろうか。実際、後輩の種田でも相田さんでも代役は務まったはずで僕なんかよりも種田なら日井田さんの助け…

鹿追う者は珈琲を見ず 11-1

いかんいかん、こうして見入る間にまた事件をついつい忘れてしまう。僕個人の好意的喚起より重要視するべき鋭い角度から繰り出される、彼女の意見が何十倍、たかが数日の頭脳労働を凌駕、優に勝るんだから。 取っ掛かりを探す。途切れてしまった会話ほど再開…

鹿追う者は珈琲を見ず 10-4

「捜査協力に応じなかった、という意味ですか?」「お伝えするほどの意見にたどり着かなかった、との解釈です」彼女は視線を入り口に移す。鈴木が振り返える先には彫刻家の安部が音と気配を殺し、仏像のような面をひっさげてゆらりゆるり踏み外しそうな左右…

鹿追う者は珈琲を見ず 10-3

ひん剥いた両目、息を吹きかけられたみたいな瞳の乾き。けたたましい瞼をひらきとじる。落ち着きを取り戻した鈴木はいまや遅しと美弥都の返答を待ち構えていた、期待膨らむ左右に引いた唇がそれを表す。ページがめくられる、右隅に留めたホチキス針、大仰な…

鹿追う者は珈琲を見ず 10-2

「二年前のコピーです。僕、かなり錯綜してます。日井田さん、どうか僕を落ち着かせてください」黙々と書類から死体の情報を得る美弥都のこの態度は十分鈴木の話にも耳を傾けている。いちいち打つわずらしい相槌をしぐさから排除してしまった彼女、そっけな…

鹿追う者は珈琲を見ず 10-1

「封筒は拝見していただけたのでしょうか?」鈴木はカウンター席に着くなり率直に尋ねた、職務を前面に押し出したつもりである。 事情聴取はホテル内の宿泊者を含む全員をその対象に敢行された。天窓が逃走経路に使われたとする調査とその結果を踏まえた協議…