コンテナガレージ

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自作小説-レタリーピリカーカムイ

鹿追う者は珈琲を見ず 9-3

煙草を一本消費する。部屋は全室禁煙、ホテル内も同様にいわゆる羽を伸ばすリゾートとは一線を画した、いわばエコロジー寄りの宿泊施設だ。動物たちの生活圏内に生態管理を目的に作られた保護管理区域に寝泊りをするようなものか、ここだと森に断った滞在な…

鹿追う者は珈琲を見ず 9-2

腕輪型の端末を翳して開錠する仕組み、利用者がフロントに一度持ち帰って次の利用者に手渡す。鍵が特殊なのか、僕らが使用する携帯端末と形状は若干異なるが昨年発売された海外メーカー、オレンジマークが有名な製品とコンセプトはかぶるが、端末の通信機能…

鹿追う者は珈琲を見ず 9-1

美弥都へ解説をお願いに上がる資格をまず僕自身一挙にめまぐるしく流れ、駆け抜けたこの数時間をまとめあげて漸く話を持ちかける、第一のステップに足をかけられる。地下駐車場に停めた自家用車の運転席、見送る警察車両が走り去った。石が跳ね返す走行、エ…

鹿追う者は珈琲を見ず 8

八月六・七・八日 仕掛け罠、大きな落とし穴は協議の末断腸の思いで捜索を断念、捜索隊数十名(ほとんど地元の猟師)は山を下りた。皆の関心は私の三日前の所業が気に食わなかったらしく、あることないことを手当たりしだい私にぶつけました。ひどく惨めな想い…

鹿追う者は珈琲を見ず 7-5

たしかに似てはいる。「出会う同属、同種の数は人に比して低い確率であります」美弥都は淡々と応える、問いを拾う、これは気まぐれ。「適する対象はまったく姿形の異なる者を見続け不意に見覚えのある懐かしい者が現れた。匂いなどの感覚器を頼りにする、出…

鹿追う者は珈琲を見ず 7-4

「知ってます。叔母様、私この方のこと覚えてます。どこであったのかは覚えていません。でも、知ってはいます、はい、お顔は私一度見たら忘れません」 鈴木の脳裏には私が既婚を経験し子供を結婚生活に一人儲けたこと、現在は一人身の境遇であり、子の親権を…

鹿追う者は珈琲を見ず 7-3

少女はトイレに立った、飲み物を前にもよおしたらしい。館内の場所を美弥都に聞かずだ、フロントで位置を把握していたのだろう。二杯目を室田祥江が要求した。二段目の右端は手付かずの今日確認作業に最後に取り組むつもり、左から順にという規則を勝手に設…

鹿追う者は珈琲を見ず 7-2

彼女は。 彼女は無言を貫いた。威嚇、それとも無実の訴え。「調べるな、掘り返してはなりません、触れては触っては深手を負う」、その瞳は踏み込みを拒んでいた。コーヒー代が置かれていた。カップの陰に隠れた積みあがるコインが銀色の鈍い光を隠しては放つ…

鹿追う者は珈琲を見ず 7-1

滞在三日目。廊下の突き当たりに凝然と構える熊の像は時を巻き戻したのか、石の脂肪これでもかと纏う。新たに作るのだろう。事件前日、石の破砕をパフォーマンス仕立てにホテル側は一計を案じた。遠目、柵を設け芸術家の〝苦悩〟を見させる。石を砕く騒音を…

鹿追う者は珈琲を見ず 6

八月五日 せっかくの休みに仕事を思い出す、結局通らずじまいの要求、鼻で軽くあしらわれるとはな。 車を走らせる。 目の異常はあの眼科医(宿泊客の室田と言ったか)に受けさせられた視力検査と眼球、網膜か、一通りの診断は視覚異常の疑いをかけた。自覚症状…

鹿追う者は珈琲を見ず 5-5

伸ばしかけた曲がるひじの角度、鈴木の右手が残像、視界の残ってすぐに泡となり室内に切り替わる。和室。フラットな足元、布団にわずかに傾いた寝床の低い、短足のベッドを天井から垂れた青いすだれの奥にうっすら見止める。ちゃぶ台に着く。早々見切りをつ…

鹿追う者は珈琲を見ず 5-4

石を照らす明かりが途切れる。「親元を離れた娘を管理?執拗に縁談を持ち掛けるおせっかいならどこの家庭に転がっていそうですが?」用意された部屋の前で足を止めた。大階段は真南の方角に位置、美弥都はパンフレットの左端、方位磁針のイラストを呼び起こ…

鹿追う者は珈琲を見ず 5-3

美弥都はドアの機構を画像に記録するよう収めた。室内を後に二階の用意された部屋へ戻る。通路を鈴木と歩く。「気になる点があれば意見をなんなりとお申し付けくださって結構ですから……」弱腰、語尾を濁す鈴木が問いかける。エレベーターに乗り込み並び位置…

鹿追う者は珈琲を見ず 5-2

「日井田さん?」 聞こえている。鈴木へ軽く振り返り、頭上に向けた窮屈な首の角度を保つ、目線のみをやや平行に残す。「二階の客室は全室マジックミラーを採用してましてね、あと宿泊客の意思で以って仕切りの引き戸が回廊の手すりまで両サイドを締め切って…

鹿追う者は珈琲を見ず 5-1

炉淵、通路に面する外側は薄い石の板を貼り付ける。ドアが前にせり出しロックがかかる、設計者は徹底した自己完結型の完璧主義者、凹凸恐怖症、はたまた平面依存の類か。板張りの『ひかりいろり』の中央に立ち、股の下に囲炉裏を頭上に光の筒を、美弥都は間…

鹿追う者は珈琲を見ず 4

八月五日 お客様とばったり公園で出くわした、手にはアイスクリームを私のそれと色違いのぐるぐる茶色の一本線が渦を巻く。宿泊名簿の二番目以降の空欄を埋める連れのお客様、名前は思い出せないな、けれど顔は覚えてる。相手が声を掛けたので当然のことなが…

鹿追う者は珈琲を見ず 3

「兎洞さんはなぜ死体に呼びかけたのでしょう」問いかけはしばらく宙を漂う。彼女が独り言を呟いたように感じた、だから応えてはならない、寝言のようにどこか別の世界を生きる人へ呼びかけはいけません、僕の内部がそっと肩に触れて抑制、動くなと命じた。…

鹿追う者は珈琲を見ず 3

解き明かしては身の危険が迫る、彼女は僕に忠告してくれたのかもしれない。 喫茶店内の照明が消えた。美弥都は階段を上る、フットライトが階段の側面に青白く光った。水族館、いつか訪れた夜の水族館と記憶が交じり合う。自室に帰るかと思った美弥都は例の部…

鹿追う者は珈琲を見ず 3

「もしかして、日井田さん。このこと知ってました?」あまりの理解力に少々彼は疑いを強めた。しかし、彼女が何者であるか、改めて次の発言を受けて鈴木は肝に銘じる、推測という思考過程は彼女にこそふさわしいのだと。 「不可能ではありません、人材もその…

鹿追う者は珈琲を見ず 3

「取っておきの情報はまだありますって」手帳をめくる。「死体と共に『ひかりいろり』で目撃された係員の遠矢来緋、彼女は旧土人の末裔だそうです。借家の大家が言うには、賃料は彼女から貰わない約束で代々彼女の家系が北海道で住まいを探していたのならば…

鹿追う者は珈琲を見ず 3

「一年間マスコミへの公表を警察はですよ、避けた。考えられるのは権力を握る警察権力のトップに居座るお偉方の家族、親類が発覚を恐れて手を回し隠蔽を図った。冷却期間に一年も口止めをさせる、かなり上の人間です」鈴木は取り出した警察手帳をカウンター…

鹿追う者は珈琲を見ず 2

八月五日 山に分け入った、私。そとは明るく、なかは暗い。ロッカーに置いたままの予備のリュックといつもの肩掛け鞄を交換、話を訊かれた建物と家は概算で五十キロの距離、不確か、知らなくて良いこともある、ほとんどがそうだろう。幸いに、道は一本だけ。…

鹿追う者は珈琲を見ず 1

手帳も書かれた内容も殺された、死んだ人物の人となりと取り合わずに私は生きていかれた、許されてしまっていた。何事も他人の生命を嘆いて、けれど「一人ぐらいであれば」。神という存在が尊さと自らを戒め、命について改めて向き合う時間をもしかすると人…

鹿追う者は珈琲を見ず 1

半開きだった『ひかりいろり』のドアをシステムの故障とは断定しがたい、エラーが検出されなかった、異常を知らせるアラームは正常に鳴り係員に伝え呼び寄せた。機械は正常。嘘、偽りの細工や痕跡は残るのが一般的、消し去るにはシステムを組む段階に関わっ…

鹿追う者は珈琲を見ず 1

作りかけのコーヒーは後で取りに来るとのこと、味が落ちてもアイスだから問題はないでしょう、最上段に残した顔が言っていた。 一人減ったカウンター。 二年前『ひかりやかた』に起こる事件あるいは事故と呼ぶ出来事の詳細を当時のありのまま脚色ほんの一さ…

鹿追う者は珈琲を見ず 1

「意思の疎通を図ってるつもりなんだけどなぁ」芝居がかった口調は本心、悪気はなく裏表は同一の形と色。小松原の海外生活が想像される。「あのときにも、そういやあ今とまったく同じことを言われたんだ。思い出した、思い出した」「あれを思い出したい?悪…

鹿追う者は珈琲を見ず 1

滞在二日目、八月三日土曜、宿泊客を迎え入れる決定事項が通告された。三組が訪れる。午後四時、チェックインを皮切りに人口密度が増し三名のお客がホテル館内の喫茶店に居場所を求めた。小松原俊彦、妻は収穫体験の農場へ遊びに出かけ気ままな孤独を堪能す…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 6 八月四日

人形だね。僕の意見を引きちぎる、デスクを挟んだ対面に座る警察は煽った、本性を出せ、真実を隠してる腹の内をさらけ出すのだ、お前は捕まる、良くて虚偽証言の立証に自費をつぎ込み空からになってしかもにいたずらに数年を棒に振って漸く無罪を勝ち取る、…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 6 八月四日

朝にこれを書いている。見張りと待機車両。窓を後ろ背に手放せなかった机に頬を摺り寄せる、布団の出し入れなどへっちゃら、ベッドで眠る心地よさと布団との違いが私にはいまいちわからなかったんだ。机はダイニングテーブルも兼用にしてしまう。1DKの間…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 6 八月四日

人と人成らざるモノの解釈を募りました。集計結果を待たず意見の歩み寄りや誤った解釈の訂正を諦めた私の振る舞いこそ、浅はかでしたの。代々伝わる教え、それで手一杯。ふさがる両手は卑しくも米袋を抱えておきたいのでしょうね、飽食とはいかにもいかにも…