コンテナガレージ

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自作小説-白い封筒とカラフルな便箋

黄色は酸味、橙ときに甘味 1

車はそれから数十分走り、インターを降りた。凱旋よりかは、ふりだしに戻った感覚である。見覚えのある景色が、迫る。 「お昼はどこかで食べますか、それとも……」私はカワニを遮った。 「会場に入ります」 「そうですよね、じゃあコンビニによります。食料を…

黄色は酸味、橙ときに甘味 1

「……あたた」 「衣装は特段、三つの選択肢をもうける必然性は絶対ではないの」アイラは衣装を毎回東京に持ち帰り、一公演ごとに三着の衣装をそろえるアキの東京・九州間の往復の所業に呆れていた。プロフェッショナルといえば、彼女の仕事振りは理想追及の完…

黄色は酸味、橙ときに甘味 1

「なるほど、無視ですか、ひさしぶりの感触では、あるか、うん」 カワニの呟きを取り入れつつも応えるつもりはなかった。 スポーツ誌を捲ってアイラは目的の記事を探す。 写真が掲載されていた、記念館の表口である。アングルは入り口を真横側面から映したと…

黄色は酸味、橙ときに甘味 1

(備考)田端ミキの遺体は遺族に引き渡され、十八日に告別式が行われる。 場所 熊本興行センター 時間 午後五時』 一紙を閉じた。新聞を交換。 スポーツ誌のカラフルな紙面は手を載せていると色が移りそう。膝に乗せた次の一紙はしばらく開かなかった。 警察が…

黄色は酸味、橙ときに甘味 1

ミラーを見ながらカワニが問いかけた。ここまで黙りっぱなしの私になにか話しかけるきっかけが欲しかったらしい。無言の車内を彼は嫌う、というよりも堪えられないのだろう。待機状態の違いがもたらす、定常の据わりが彼にとって討論に寄った着地の見えない…

黄色は酸味、橙ときに甘味  1

イレギュラーに開催地をニ箇所、十月第三週は廻った。 火曜日に鹿児島県で開催、木曜日は二箇所目の宮崎県へ飛び、お客と対面を果たした。どちらも、かつての近代日本を支えた商業会館であったらしい。 アイラ・クズミは詳しい建物の歴史に興味を示す余裕が…

本心は朧、実態は青緑 7

アルコールが飲めたら、と思う。 嘘。 不快たちがはびこってしかたない。 月を眺めて、綺麗とつぶやく。観測者たちは淡々と記録をつける。私はそのどちらでもない立場を好む。どちらへも行ける。まず私は覗き込むレンズを丹念に磨くのだ。 手紙の内容を思い…

本心は朧、実態は青緑 7

「不当な拘束に対する保障が与えられないことに不満を抱いている。事務所スタッフの方たちは一泊の滞在を余儀なくされた。余分な経費は警察が請け負ってくれず、こちらが負担する。いくら会場の外で人が亡くなり、前週はライブ会場で死体が発見されていても…

本心は朧、実態は青緑 7

途切れたアキと不破の会話を長尺の長考が予見されるも、颯爽とアイラがそれを引き継いだ。 唇の収斂、アキは、降りかかる予見される影響がよぎったのだろう。彼女は個人事業者、睨まれたら最後、仕事の供給はストップしてしまう懸念が終始付きまとう。……どこ…

本心は朧、実態は青緑 7

「ナイフで殺人を犯す、実行にはハンデが伴いますでしょう。が、制約を抱えた人たち、私たちを集め、あなたは疑いをかけています。裏を返すとそれは、私たちへの疑いを強く信じられる、私たちの知らない証拠があると検討がつく。屋外での犯行、目撃者は今の…

本心は朧、実態は青緑 7

「ええ、産業会館のような催し、興行向けに一階ロビーを貸しきったはずです」カワニはショルダータイプに変形したバッグから手帳を取り出す、分厚く、カラフルな付箋が飛び出す、傍目に許容量は越えている。「……あったぞう、やはり、事前に私、調べてありま…

本心は朧、実態は青緑 7

「最終便の出発は午後八時四十分。諦めてください」 「私たちは教会の、あそこの、出入り口にいました」 向日が座ると、隣の楠井がバトンを受け取り、話す。 彼女はドアを指し示す、ひかりで指輪が知れた。 「アイラさんのライブ終了は不規則です。予定表ど…

本心は朧、実態は青緑 7

むやみに無許可で溜まってしまう、忘れることができない、常に並列した記憶が堆積。私がおかれた生活状態がこれで少しは想像できただろう。 人は誰しもが、皆すべてをこれまでを覚えているものだと思い込んだ時期が懐かしい……、アイラは教会に意識を戻した。…

本心は朧、実態は青緑 7

「目撃者は、犯人を見てはいないのですか?」アイラは目を開けてきく。 付け加えるように土井が口元に手を当てて、内緒話を伝える仕草でしゃべる、忘れていたことを伝えたらしい。しかし、不破の一瞥が彼に飛んで、萎縮。体格に不釣合いな格好、でっぱるお腹…

本心は朧、実態は青緑 7

不破が応えた。「お答えする前に、まず皆さんの行動を再検討させてください。見落とした点や、思い込みによってついた虚言が含まれているかもしれませんし」 「あのう、私たちって、その、ここにいなくてはいけませんか?」事務所のスタッフ、ショートヘア、…

本心は朧、実態は青緑 7

土井がいそいそとドアを閉めた。カワニが振り返る、アキは発覚を恐れるような動作で端末を肩にかかるショルダーバッグにしまう。飛び出す化粧用のペンシルにコーム、櫛。彼女はヘアメイクもこなす総合的なスタイリストである。洋服のみのスタイリングも世間…

本心は朧、実態は青緑 7

午後九時。教会内のステージの撤廃が許可された、鑑識の入念な捜査を受けた機材とそのスタッフたちが三十分という短時間で機材をまとめて退出していった、目の前をがらがら、台車の手を借りてしまえば、あっという間の一往復きっかりに、最前列を狭める数々…

本心は朧、実態は青緑 6

約一時間、片足立ち、ときに壁に寄り沿っては靴底を壁に押し付け、警察、主に鑑識の手際にアイラは見入った。カワニが汗だくで駆け寄り、姿をみせたときは夕暮れがひたひたと距離を詰める時間帯だった。観客たちはカワニが飛び出して三十分ほどで会場を出た…

本心は朧、実態は青緑 6

「死体のようです」アイラは片目を閉じて、そっけなく応える。「お客の搬出はどうします、警察の車両は一応、交通規制を装うよう提案された方が、後々世間に広まる情報の食い止めにはなります、私のライブとの関係性をつなぎあわせたくないのであれば」 「刑…

本心は朧、実態は青緑 6

「中に観客がいます。拘束されては困ります」 「状況次第ですね、それは。まだ、なんともいえません」 「なにがあったのです?」アイラは興味を装って訊いた。 「殺人です。阿倍記念館と同一の事件が教会で起きた、と匿名の通報があったのですよ」 アイラと…

本心は朧、実態は青緑 6

飾りのように鑑賞に特化した予備の一本にギターを取り替えた、ポジションを確認、あたふた伸びる配線を音響スタッフが付け替える。アイラは左手の黒幕から顔を出すエンジニアに目配せ、たっぷりを交換の間を作り出して彼女は、視線を前に移した。見つめる二…

本心は朧、実態は青緑 6

一報はライブの途中にもたらされた。終局に向う中盤を過ぎた大まかな予定曲の近辺で、カワニがステージ袖に水を持ち、屈んで壇上にあがった。腰の高さほどのテーブルに水は二本、用意されてあった。観客に背中を向けたカワニが、テーブルに手をついて、こち…

本心は朧、実態は青緑 5

『ふふ。歌う姿の彼女だけでは物足りなくなってしまったのです。以前は声だけで満足をして、にやつき、狂喜し、脱落、ときに欺瞞を抱いて、だけど獲得、温かさを掴んだ。そして、抑制。彼女から身を引いた数ヶ月で彼女の新鮮さが取り戻せるかもしれない、こ…

本心は朧、実態は青緑 5

『考えを文字に起こす作業は不慣れ。ならば前置きを述べて、逃げ道を取る作戦だ。稚拙だと思うなら、正直に私の品定めを行え。けれど反論は手紙で、あなたの順番が廻るそのときに発揮して欲しい、願わなくともここでは取り越し苦労であるはずでしょう。とに…

本心は朧、実態は青緑 4

「構いません」 「いいや、メーターを一度止める。すまない、ニ、三分遅れてしまう」 「急いでいるわけではありません。歩くつもりでしたから、それに比べると到着は格段に早い」飛行機が上空を飛来、高度が低い、降り立つのか、飛び立ったばかりか。 「天草…

本心は朧、実態は青緑 4

莫大な金額に当たる信用情報が埋め込まれたカードで無形の信頼を理由に支払いが成立する。店側としては現金が良かったはずだ、来月まで入金は遅れてしまう。どうだっていい、無造作にカードをポケットにしまう。 見送られ、店外へ。もうじき季節が変わる、南…

本心は朧、実態は青緑 4

ステージに引き返すアイラはもう一曲、バラードを歌い上げて、リハーサルに終止符を打った。 物足りない。 見学の数人、教会の関係者か、レーベルや事務所関連、もしくは機材搬入・設置のスタッフのいずれかが、腕時計で時間を確認した、ステンドグラスが大…

本心は朧、実態は青緑 4

選択は多すぎず少なすぎず、かつ見限れて、後悔は最小限に抑えられるか……。アイラは衣装のラックを凝視した。 理に適った手法。三着から服を選ぶシステム……、アイラは改めてそう実感した。 着替えた彼女は近所のコンビニで食事を購入した。コンビニは教会を…

本心は朧、実態は青緑 4

前列の席にアルミのテーブル、その上に音響機材が並ぶ。映像記録のカメラの搬入がないのは、かなり身軽で、小規模な会場に適している。近頃は回線の高速化がもたらす恩恵に随分と胡坐をかいた受け手側の態度が一般的な流れだ。遠方の彼らへ短期的なスパンと…

本心は朧、実態は青緑 4

会場の教会はひっそりと静まり返った姿が通常の佇まいらしく、絶えず人が吸い込まれ吐き出す隣のビルの気配に比べて、どこか死を連想させる。 「アイラさん!電話にも出ないで、どこをほっぽり歩いてたんですか?」カワニの口調は時々文学的な書物しか用いら…