コンテナガレージ

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自作小説-白い封筒とカラフルな便箋

本心は朧、実態は青緑 4 ~小説は大人の読み物~

アイラ・クズミは九州ツアーライブ・第二週目、平日の二日を乗り切った。お客の入場に際したステージ上の待機は免れ、花嫁たちが祝福を、羨望を契約という錯覚におぼれ、身に浴びる中央の通路を悠々通って、演奏台からお客の顔を見渡すことができた。しかし…

本心は朧、実態は青緑 3 ~小説は大人の読み物~

冷えた体をまずは温めよう、彼女はバスルームでお湯を浴びた。 温かいでしょう? 冷たさを知ったもの。 聞きたいでしょう? 呼ばれたいもの。 会いたいでしょう? 初対面だもの。 話したいでしょう? それは、どうかな……。 正直になりなさいよ。 うーん。ど…

本心は朧、実態は青緑 3

特殊なファンの集いの存在を、私は聞きつけて入会を訴えた。アイラのためだから、彼女のことをより深く、正確に感じ取る、それには時間的な面から一人では不可能だと、判断したの。大人数でしかも定期的に会合を開く会は眼中にないどころか、選ばない理由し…

本心は朧、実態は青緑 3

手紙は日曜にポストへ投函して、火曜には届くだろう。 雨が降り止んだ土曜日、宇佐マリカは不毛な議論の対処に追われた。 掻き消えた隣室の生活音。男女の笑い声よりも冷たい滴る雨に、私は擦り寄る。マリカは開け放つ窓に体を挟む、片足を伸ばし、食い込む…

本心は朧、実態は青緑 2

中間の意見が、ハンモックで揺れていると、思い込んでいる臆病で怖がりな連中。 十分だ、一人で。高齢な人物はこちらを哀れんだ目で見つめる。そろいも揃って経験を振りかざした押し付けを気にも留めないとは、しわがれた肌を、手足を、首筋を、顔を見つめる…

本心は朧、実態は青緑 2

厳しいのが世の中、どこでもいつでも投げつけられた言葉。 宇佐マリカという人物は名前にそぐわない容姿を与えられ、執拗で陰湿な仕打ちを受けた過去を身に刻みつけてここまで無理やり十代を乗り切った、生きた。人を辞めようとは思わなかった、むしろそれは…

本心は朧、実態は青緑 2

著しい外壁の腐食、サビと長年の風雨が織り成すえもいわれぬ風貌のビル、その二階が目に入る。古ぼけたかつての事務所、窓に印字されたとっくに立ち去ったありふれた中小企業の会社名。おうど色、金属製の重たい扉を引き開ける。二重顎の中年女性が黒目がち…

本心は朧、実態は青緑 1

翌日。月曜日。 滞りなく作業、主に歌声とギターの響き、音の返りに関するチェックは午前の段階、雨が降り出す雨空のうちに幕を閉じた。湿度が高まるとくぐもった音が現れやすい、湿り気は楽器には特に大敵、雨か晴れは大歓迎で曇りは多少憂鬱だろうか、仕方…

本心は朧、実態は青緑 1

約一時間の休憩の合間に、ステージは出来上がっていた。ステージ設営に関する要望はカワニに伝え、設営業者に正確に行き渡ったようだ。当然だ、注文は大まかに伝えただけ、再現不可能だったら彼らの仕事は金額を請求する資格はとっくに剥奪されている、注文…

本心は朧、実態は青緑 1

三時間か四時間を消化、夕方に迫る時間帯に達した時点でアイラはおもむろに手を止めた。 カワニの姿は見ない。 会場設営は教会内の木製のベンチを利用すると、到着の直後カワニが話していた。ベンチは中央の通路で分断されて左右それぞれ、縦に十五脚が並ぶ…

本心は朧、実態は青緑  1

第二週目の会場は厳かな教会であった。ゴシック様式だろうか、小さい尖塔が建物の正面からちらりと首を伸ばす熊本市内のどこか、である。左手にビルが迫る隣接した立地、この教会は町の発展以前に居を構えていたことが窺える。 敷地の左手、教会建物の手前に…

至深な深紫、実態は浅膚 6

事件を手に取る。 もてあそび、穴が開くまで見つめ、おまけに投げつけてしまう。 観察に徹する。 判断はしない、先延ばし。そばに置いて、飼い殺し。 ライブのデータは少ない、ゆえに判断はツアーを廻りきってから。 検盲法を採用しようと思う、お客は果たし…

至深な深紫、実態は浅膚 6

「ホールの窓を通り抜けた、当日の会場にいた関係者すべてを警察は調べてます。ついさっき、会場設営を依頼した地元の業者から連絡を受けたんですよ、はい」 「現場に呼び出されたときに窓からの出入りと細工の可能性の有無は証明した、と私は把握してます。…

至深な深紫、実態は浅膚 6

「疑ってなんて、滅相もない。物理的にホテルとの往復は難しい、アイラさんの意見は正しいと思います。……ただですね」 「ただ、なんです?」 「マスコミにどの程度の情報公開に踏み切ったらいいものか、警察の動きによりましては、そのぅ月曜日の公演は、考…

至深な深紫、実態は浅膚 6

警察の執拗な取り調べを覚悟したアイラとマネジャーのカワニであったが、翌日、正しくは阿倍記念館からホテルに戻った当日のチェックイン後のロビーにて、警察は移動先のホテルと連絡先を聞くと、見事なまでに待機命令は下されず、出発は予定通りに遂行され…

至深な深紫、実態は浅膚 5

「会場に出入りが可能だった私とスタッフすべてに、ライブの撤収の際になんからの工作を施し、夜間に忍び入り、殺害を企て、偶然管理人に見つかり、施した細工で窓を屋外から閉めた。私たちはホテルに滞在していました、それを証言する人物はいません。ホテ…

至深な深紫、実態は浅膚 5

「たしかに、これでは難しい」カワニが素直に呟いた。盛り上がる形状、窓枠の際を飛び出すコンクリートが覆う。二窓は淡い光を帯びた程度で、不破の指摘も一理あるとアイラは認めた。しかし、要因はほかにある。アイラは足元を気にかけた。歴史的な建造物を…

至深な深紫、実態は浅膚 5

「ほほう。それはまた思い切った演出ですね」 「演出に普通も奇抜もありません」 「トリックメーカーですよっ、不破さん」土井が半ば怒ったように言った。彼はどうやらアイラ・クズミのファンらしい。トリックメーカー、呼ばれ方は登場する度に風貌が変わる…

至深な深紫、実態は浅膚 5

顔を上げた彼女に不破は蛇のように、またはカメレオンのように、皮膚の冷たさを視線に込めた。「何か、気がついた点があれば、正直に今のうちに話してください。後々になってしまうとあなた自身の生活が脅かされるかもしれない」 「脅しですか?」 「互いの…

至深な深紫、実態は浅膚 5

不破が頷く、私の反応を予期していたらしい、会話のやり取りを愉しむタイプか、ある程度予測を立てて行動に移す傾向、破綻をきたすと途端に立ち止まる、とも言い換えられる。アクシデントに弱い。堂々たるの立ち振る舞いや落ち着きは重ね続けた類似の経験と…

至深な深紫、実態は浅膚 5

着替える暇は与えられなかった。警察が部屋に押し寄せる、時刻は深夜一時あたり、数時間前ベッドに入ったアイラ・クズミは、マスターキーで開けたと目される怒涛の侵入者たちを片目をつぶり、寝ぼけた意識で見据えた。彼らを先に部屋から追い出し、わずかな…

至深な深紫、実態は浅膚 4

『彼女の前では、放縦な私が枷を設けたんだ、すると意外とこれまたどうしてか、世間が私に優しく振舞うの。今までのそっぽを向いた無関心を忘れたかのようにね。本来、人っていうのは、自分に神様みたいな啓示を与えていたんだ、それが内外の境目があいまい…

至深な深紫、実態は浅膚 4

『一発目が私でよかったのか、悩みましたよ、当然です。意外とこう見えて神経質なところがあるんですよ私にも。って、会ったことがないのですから、なにを言っても私の妄想にとられしまうので、前置きはこのぐらいにします。季節の、近頃の他愛もない、上辺…

至深な深紫、実態は浅膚 3 

「記念館の真裏からは出られないのですね?」アイラは裏には廻っておらず、右手ついさっき通ったコンクリート造りのパーゴラを前日に眺めて、左手はご利益がありそうな大木の洞を思わせるぽっかり開いた角の取れた外壁の穴を数分観察するに留まった。 「そち…

至深な深紫、実態は浅膚 3 

意識が逸れる、疲労の蓄積が主な要因。計十二曲の演奏だった。プラスアンコールの二曲。開演から一時間半を目処に演目は行われた、陸上競技で目にするデジタル時計をホール内に配置、私が見える位置、ちょうどお客の左後方に私だけが見えるように無理を言っ…

至深な深紫、実態は浅膚 3 

会場の雰囲気を読み取る感覚は以前に増して、感度が高まったように思う。探りを入れる前半の走り出しは低空で飛び出し、中盤から後半に多用する音の高鳴りに合わせお客の盛り上がりを上手く乗せた、と自負する。 自慢げに聞こえるだろうか、人はそうやって見…

至深な深紫、実態は浅膚 3

土曜日、午後二時開演のライブ。 演奏中にステージ袖で見切れる、マネージャーのカワニの表情は綻びっぱなしであった。最後の曲目(既にアンコールに入った)では、熱気に満ち溢れる記念館をアイラ・クズミは一人その中で、いや、一度照明の角度調節に姿をみせ…

至深な深紫、実態は浅膚 2

廊下、私が支配者。本体は見えずとも話し声は聞こえる。 スロープを降りる。 外気と戦って自販機となり、ベンチで読書に耽る男子学生。講義で見かけた顔だが、名前までは引き出せない、興味がない証。 そろそろだ、そろそろ冬だ、雪だと騒ぎ出す季節。 いつ…

至深な深紫、実態は浅膚 2

2アイラの曲を耳にした直後それはそれは、胸のつかえがすっと取れたの。映像だった、たぶん関東近郊の野外で彼女が伸びやかに無二無三の歌声で、雨の中、一人、たった一人で、それは、魂を削っていた。 涙が流れたの。浄化されていく感じだった。とても綺麗…

至深な深紫、実態は浅膚 2

図書館の一階、三辺を書棚に囲まれた狭い奥に長い閲覧室。過去の新聞がずらりと整頓、だからといって読まれるのは今日の紙面、大抵はスポーツ紙か全国紙、地方新聞や数日前の各新聞には目もくれないの。かく言う私もその一人。ではどうして席に着き、学ぶ姿…