コンテナガレージ

仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

赤が染色、変色 3

「収容人数は千二百人、だそうです」参りました、と付け加えた他人事のようなカワニの発言は、大き目の会場に目星をつけて、ありとあらゆる会場を探し当てる今回の戦術が引き起こした。完全に把握しきっていないまま、見切り発車で、ツアー会場の選考が行わ…

赤が染色、変色 3

しかし、過去の事例ではライブ開催の翌日に死体は見つかる、気は抜けない。連続殺人を食い止める方法は、ライブの中止が残された強い手札。だが、最終週の福岡の開催をもって彼女はライブの終了を決めていた、変更は受け入れないつもり。公演中止の働きかけ…

赤が染色、変色 3

長崎県のライブは西部の、かろうじて建物が現存する印刷工場での開催であった。近隣の住居は三世帯が暮らす集落が山の中腹入り口に建つ。事前にかつての工場が発した音は山の形状によって集落には届かなかったそうで、深夜であっても騒音の心配はない、との…

赤が染色、変色 2

子供ほどの女性歌手に入れ込む姿に、明らかに不審めいた夫の態度と距離。始まりは、数ヶ月前に訪れたライブハウスの定期公演だった、娘の付き添いで歌う姿に惚れ込んだ。同世代の関心は海外の若い男性、アジア系の歌手や役者だけれど、これまでそういったあ…

赤が染色、変色 1

「だ、大丈夫ですか?」カワニだ。 「被害は今のところ受けてません。かなりの人数に囲まれて」アイラは務めて落ち着き払った態度で首を伸ばす、前後と右側の状況を探って応えた。「五十人はいますかね、ホテルの宿泊客がほぼ私のライブに訪れたお客だったと…

赤が染色、変色 1

「……アキさん?」アイラは尋ねた。 「はい、あ、ここです」顔が見えない、上ずった声が聞こえるのみだ。 「煙草を吸っても?窓を開けますから、許可を抱きたい。外には出られない状況ですから」 「私は、は……い、大丈夫です」 「不破さんはタイミングが遅れ…

赤が染色、変色 1

「当てが外れたんですかね」内ポケットに手紙を折りたたんでしまい込む。折れ線は気にしていない様子の土井である。三件目の手紙はバッグから見つかった。それはファイルに挟まれていた。 ポケットに入れる時間がなかった、つまり予めバッグに忍ばせておいた…

赤が染色、変色 1

「煙草を吸うのなら、外で。喫煙者の居場所が追いやられるのはあなたのような方がいるからです」アイラは言った。視線は手紙を捉えたままだ。 「これは、煙草ではありません。禁煙用のパイプです」 「随分紛らわしい所から登場しましたね」彼は煙草の箱から…

赤が染色、変色 1

「手紙は見つかっていたのですか?」彼らはアイラにすがる、微量な可能性であっても欲しがるだろう。本心は眠っていたい、まだ体は起きていなかった。前に応えた事例を引っ張り出した彼女の返答であった。 「ポケットに入ってました、どうやら通常の紙に戻し…

赤が染色、変色 1

呼吸の荒い土井が手帳を開いた。彼が今回は担当らしい、上司である不破は目をこすり、乾燥した目元に手を当てる。「産業会館の撤収作業の終了時刻は午後十時二十分ごろ、隣接する管理棟の職員の立会いの下、ステージ設営担当の業者が内部の破損を一緒に見回…

赤が染色、変色 1

日曜の出発は遅れるのが常らしい、前日カワニが伝える週末の大まかなスケジュールは九州の地を踏んでから、まったくの役不足に徹する。警察の拘束を午前中に受けたのち、アイラ・クズミとスタイリストのアキはカワニを鹿児島に残して電車と新幹線にて現地を…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

機材用の運搬車が発進、タイヤが地面を掴む、上空では低音をばら撒くヘリがバラパラ飛び去る。 「あのう、アイラさん、私の煙草も灰が……」 「……どうぞ」緩慢な動作で灰皿を開ける。 「事件をどう見ます?」彼はきいた。まだ、問いかけが続いていたらしい、彼…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

「では、自殺ではなく他殺と考えてますね」 「早計です。三件とも犯行を見られていない。一件目の方も犯人と思わしき人物を見てはいましたが、犯行は既に行われていた、二件目は目撃者が走り去る白いバンを見たが、犯行の瞬間は目撃されていない。そして三件…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

「自らを貶める態度は癖になると卑屈に映る。即刻、改善すべきです」 「これは、どうも。いやあ、手厳しいな、娘に言われたみたいだ」灰皿を叩く、不破は体の向きを少しばかり内向きに変えた。「アイラさん、あなたにも警備がつきます。身辺に気を配っていた…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

「そうですか」 「気にかかる点でも?手矛なら、近隣の鍛冶屋から盗まれた作品でして、奈良時代に作られた現物のレプリカが一週間ほど前に作業場から姿を消した。刀剣類という括りですが、製作者は商品として売り出すつもりはなかったようでして、県に届け出…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

しばらく、時間が無用に過ぎた。窓を開ける、煙草を吸うのだ、これぐらいの優先権はあって当然。無言で火をつけた。赤くぼんやりと顔が照らされた。車に置きっぱなしの筒状の携帯灰皿を窓の下のドリンクホルダーの窪みから取り出す。 「私もよろしいですか?…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

まだお客が、敷地を出た通りで待ち構えている、とのカワニの忠告。双眼鏡やカメラで出て来るところを狙っているらしいが、屋外はもう真っ暗であった。通り、外灯の明かりの近辺にいたのでは、暗い産業会館の様子は見えないことを学習していないのか。何度か…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

物販係りに任命された事務所のスタッフ楠井と向日が商品を片付けた。テーブルが会場に忘れ去られたみたいに、ひっそりと役目を終えて満足げだった。どことなく、誇らしくもアイラには映った。テーブルはステージの設備スタッフが折りたたむ、長い天板は軽々…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

世界をあの人に見出したからって、彼女が求める最良のパートナーであるものか、馬鹿者が。 フレッシュなあの人に驚いたその時点で相容れない、単に受け入れる器だと認めるのだ、愚か者め。 誰一人として射止めることは無理、堕落者よ。 無駄に命を落すわ、や…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

騒がしいのはしかし、私にとっては好都合。会場内の意識が分散されます。おっととと、いけません、忘れるところでした。前の方の意見をついての見解がまだでしたね、はい、裏面に移ってください。多少の面倒はご理解を。さあ、前の方の意見は物事の本質、ア…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

アンケート用紙を棚に上げていることは重々承知、肝に銘じてますよ、忘れてません。はあ、また隣の男性に横顔を盗まれました。私って、人前に出るといつも誰かに無断で見られてしまう。場所を変えますね。書、き、にくいですけど、移動しました。読みにくい…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

話が逸れましたね、戻しましょう、アンケートの空欄に埋めて文字を書き連ねるので、多少は読みにくいですかね、私も文字の大きさを調節してます、長く続くと裏面の白紙へ続けるつもりなので、それまでの辛抱と我慢をしてくださいまし。その方は、ライブに足…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

皆さんの中でも、二分されるアイラ・クズミ様との接触は大変有名な話ですわね、無論、言わずもがな、グッズ販売に群がる彼らは除外される、私たちのように彼女の聡明さを知れば知るほど、近寄りがたく、接近を好まない彼女の思想に触れて、想像の中での彼女…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

こうして、開演後のグッズ販売の列に並ぶ、一行を尻目に、私と隣の男性はアンケートの記入を優先する行動に据えた。四つに分かれたブロックの、私はステージに向って左側の手前、その最前列に座ります。前のブロックに二人の女性が、会話に興じながら隣同士…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

「真実しか述べてはならない。この手紙の冒頭で私は固く誓いを立てる所存であります。ペンネーム・ドロシーより。 それはもうすばらしいの一言に尽きる、他の言葉でもって語り尽くすことは適わないのですよ、お分かりいただけたかしら。私の見解に目を通す皆…

黄色は酸味、橙ときに甘味 4

柱に沿って、客席とアイラ、スタッフの空間を仕切る黒幕が約三メートルの視界を遮る。朝は柱と柱はがらがらに開きっぱなしであった。午後は午後で配線のトラブルに見舞われて、ばたばた、復旧に奔走していたんだ、いつの間に、私が気に止めていなかっただけ…

黄色は酸味、橙ときに甘味 4

試合が練習、という解釈だ。自分のためなら試合には出ないし、コートにだって立つ意味を見出せなくなるはずだ。 観客の入場開始前に、トイレにもう一度立った。今度は裏から廻るルートを取る。入り口の階段はお客が立ち並んでいたから仕方がない。現在は使わ…

黄色は酸味、橙ときに甘味 4

彼女たちがホテルを発った時刻は、八時。会場までは数十分。お客が数組、見えるだけで三つの塊が産業会館の敷地であると立ち入り禁止を、示す看板をバックに撮影会を早速始めている。ライブは夕方の七時である。それまでなにをして時間をつぶすのか、地元民…

黄色は酸味、橙ときに甘味 4

金曜の帰還、産業会館を出てすぐの道路脇に停止車両を、一台確認した。運転席に一人、後部座席と助手席は暗がりで見えなかった。アイラたちは明日に備えてホテルに戻る、運転はカワニ。彼はこっそりあくびをかみ殺した。スタイリストのアキにそれは伝播、二…

黄色は酸味、橙ときに甘味 3

血液にうっすら浸透を許したものの、右下の角を染め、これから全体を、というときに回収されたのだろう。アイラは、紙を見ながら呟いた。おかしな箇所の侵食。とても変わっている。どこから見つかったのか、彼女はもう一箇所不審な点に気がつく、紙を眺めて…