コンテナガレージ

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自作小説-エロンゲーション

革新2-2

倉庫内の暗さにしぶしぶ立ち上がり、アルミ製の棚からランタン風の明かりを掴んで点灯させた。閉めきった室内だから、蛍光灯の紫外線に誘われる虫達に気をそがれることもない。しかし、さすが昼食を食べていなかった私の腹は待っていたかのように鳴り出した…

革新2-1

帰宅後、玄関まで入って頼まれたCDを靴箱の上においた。ギターを弾いている時に声をかけられないための処置。 ギターを倉庫に置いてアランの散歩に出た。 散歩から戻ると倉庫に直行。 弦の張り具合いだろうか、昨日よりも反発が強い。けれど、若干の緩みを持…

革新1-8

「ああ、今日は気分が良いから。それにお得意さんだからたまにはサービスも必要でしょう。またのご来店のために」やっぱり、態度にずれが生じている。これまでの店員ではない。なんだろうか、これが本来の性質なのかもしれない、それとも気を許した人間に見…

革新1-7

「できましたか?」 「調整のために軽く弾いてみて」軽い言葉遣いも慣れたもので軽いや重いの概念を乗り越えると相手の真意を汲み取りさえすれば、目的は果たせる。 人の好意を受け入れられたもの鈍感の証。手にしたギターは弾けてなおかつ細かな粒子を帯び…

革新1-6

「私なにか変な質問しましたか?」話題を戻して質問を続ける。 「いいや、うん。あのギターに選ばれる奴ってのは感度が良いんだ。こうアンテナがぴーんと張っている」店員は額から斜め上に指先を伸ばした。ラジオのアンテナを伸ばすように。「弦を張り替える…

革新1-5

電車が警笛を鳴らす。私への危険の合図ではない。電車の標識があるから、そういう規則なんだろう。 早朝は夏とはいえ、肌寒い。海風の影響もたぶんにある。アランが暇そうにへたり込んでしまったので帰ることにした。サーファーの男はまだ夢中で波と戯れてい…

革新1-4

サーファーは波を待って海面に揺られる。何を考えているんだろうか、考えてみた。ただ単に彼らが言う良い波に乗りたいのか、それとも長く板に乗りたいのか、あるいはもっと上手に試したい新技術があるんだろうか。しかし、それらも波が来ないと始まらない。…

革新1-3

橋は、川を渡し錆びた赤がさらに風化よってピンクにまで変色していた。私の記憶ではまだ橋は赤に近かったように思う。アランが男のお尻を追うようにずんずんと踵を返して私を引っ張る。男は私がついてこうよとも、自身の目的が果たされれば満足なんだろうと…

革新1-2

まずもって、異なる生物であることを認識すべきなのだ。批判しているのではない、再検討を望んでいるの。 アランが川の反対側へ行きたがっているので、仕方なく水に足を差し入れて渡ってみた。渡るのは小学生ぶりだろうか。たしか、この辺りに小さなお地蔵さ…

革新1-1

これまでの理論と成功のアプローチを真似たとすれば、それなりの成果が待ちわびているが、ありきたりの音で人は惹きつけられるんだろうかと、反対の意見に傾いている私がいる。出だしは好調でも、いずれはパターンの繰り返しにこちらが飽きてしまうはずだ。…

踏襲2-7

ここから家までは人に会わなかった。 バッグを部屋において、洗面所で顔を洗う。化粧はしていない、大学に行くためには不必要だと思っている。身だしなみだからと口々に言っても結局は好意的に見られたいがための体の良い口実。礼儀の一つだよと、窘められた…

踏襲2-6

電車を降りてからの徒歩で確信に迫った気がする。私が取り込まれた曲は世界を斜めに観察する思考が組み込んでいたように思う。ただの怨みや妬みではなくって、もっと研ぎ澄まされて感度が良くて孤独で凛としている。ある一点からの忠実で絶対的な強振。 急勾…

踏襲2-5

ギターを弾いていると、たまに曲に取り込まれる時がある。その正体を何なのかは、はっきりとしていない。歌詞もコードもお構いなしだけど闇雲に弾いているのではなくて流れるように音が連なる。一、二回。正確には二回だ。視界がシャットアウトされて別の空…

踏襲2-4

学校までにこの半年を振り返えってもまだ、入学の真意には辿り着けない。なんでこんな場所に通い始めたんだろうかとも思い始めていたが、手遅れで他校へ編入する目的も気力も親の説得も私には到底叶わないので、とぼとぼと一歩でも一限目の授業に間に合わせ…

踏襲2-3

「買うの?」 「……欲しいですけど」値札には十一万五千の文字。「これ結構高いし、どうしよう」 「いくらなら払えるの、お金?」店員が聞いた。 「えっ?うんと、持ち合わせは……二千円です」言った傍から無鉄砲な行動を呪った。財布の中身も確かめないでギタ…

踏襲2-2

「ギターをお探しなら、手にとって感触を確かめてごらんよ」風貌から私が想像するミュージシャンのそれと寸分の狂いもない店員が黒の前掛けに赤い店名で音もなく私の横に現れた。髪は艷やかで後ろで一つに束ねてある。細面、スッキリとした切れ長の目元、身…

踏襲2-1

S駅で降車、車内とは打って変わってホームと駅構内は蒸した暑さが充満、改札までの階段を降りたらじんわりと首元に汗を掻いていた。 嫌いな人混みを歩く。 駅は商業施設との一体化で改札を抜ければ複数の百貨店が隣接、私はそのうちの一つに足を踏み入れた。…

踏襲1-5

波風が立たないのは気分が良いだろうが、別角度から観察すると現状維持で変化がないさまを表しているとも言えた。 隠してきた私がそこで鳴き声をあげた。 覆い隠された情動は扇動に耐えかねて本来の姿を取り戻そうと反力を退ける。 抗うな。任せればいいんだ…

踏襲1-4

大学は可もなく不可もなくの生活を、入学から一年過ごしていた。慣れ始めた夏ごろ、知り合いの知り合い、顔を知っている程度の人が急に大学を辞めてしまったのだ。将来を見据えた選択ではないなと、思っていた私はあえて聞いてみることにした。すると彼女は…

踏襲1-3

「そうじゃない。生徒一人ひとりから学費をいただいて授業を教える機会を設けられているのはむしろ先生のほうだという自覚を持たないのにあれこれと言ったってわかってもらうのは難しいと思うの」 「私立の学校しか当てはまらない?」 「先生の給料も基準を…

踏襲1-2

「五分待って」私は答えた。 「車で待ってる、時間を過ぎたら発車するからな」ソファに置いたカバンを掴んで父親が言う。 「はい、はーい」リビングのドアが閉まった。 「ロサ、あんた早く起きてるんだったら、歩いて駅に行きなさいよ」母親がやっと腰を落ち…

踏襲1-1

かき鳴らす音色の数々はどれもこれも覚えたてのフレーズ、オリジナルだとは自分でも思っていないのは重々承知だけれど、もっと先、私の理想に近づくには通らなければならない現在地。付き合いはじめたギターの音色はだんだんと本体の色が濃くなったようでそ…