コンテナガレージ

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自作小説-白い封筒とカラフルな便箋

赤が染色、変色 7

本番五分前、精神を落ち着ける祈りは周囲へのポーズ、平然と振舞う私に感化される連中が何度か不注意によるミスを犯した事例がこのふがいない有様というわけ。楽屋を出たのが、開演十分前である、現在はリハーサル室の控え室で開演を待つ。リハーサル室は会…

赤が染色、変色 6

もう、よそう。 松田三葉はグッズ販売の開始時間に端末のアラームを、その三十分前にセットした。時間を二度確認する、それから彼女は運転席のシートを倒した。 打ち付ける雨、跳ね返す金属、連続した異なる音階、高低の乖離を転じて規則の出現へ、協和に変…

赤が染色、変色 6

一人身だったら、いつもアイラに会いに行けるのに……。それは違うか、違うよね、三葉は千切れるほど首を振った。 車内に戻る。 フロントガラスに流れる一筋、二筋。水の玉が集まり一つへ、重く大きく形を変えて、下へ消える。 私は幸せなのか、不意をついて疑…

赤が染色、変色 6

山を降り始めた時刻が午前十一時半、すこぶる快調、彼女はブラックコーヒーを飲みながら、峠道を降りた。そこからは一時間もかかっていないだろう、渋滞に捕まらなかったら到着は二十分は早かった、だけど怒りは自然と不思議とどうしてか静まるの、理由はわ…

赤が染色、変色 6

朝からそわそわした浮遊感が拭えない、うれしい悲鳴。 松田三葉は、夫を送り出す二時間前に起床、玄関先に新聞と雑誌をまとめて回収に備える、朝食の支度はいつもの半分、十分で食卓に並べる。洗濯機はあの人が家を出てから回すとして、スピード洗いが二十分…

赤が染色、変色 5

次だ、死体について。密室が示めされた。保身が逃走者の存在と施錠された窓からの脱出を明示した一件目の阿部記念館。まるで、マジシャンの手品を解き明かす作業、騙して微笑んでお金を取ってとは、遊園地のアトラクションにも類似、恐怖と期待の狭間、騙さ…

赤が染色、変色 5

紙が踊る、手紙だ。二つの記憶に関連性を見出すとでも言うのか、発光体を模して点滅を繰り返している。 一度、煙草を口にくわえる。吐き出した煙、念のため、灰を落とす。瞼を下ろす、気配なし、足音は離れて複数が観測される、接近の割合はきわめて低い。 …

赤が染色、変色 5

ファンと交流を結ぶ手法は確立されていたものの、サインを求める彼を筆頭とするファンの事情に、彼女は疎い。偶然そういった人物を見かけることがなりより彼らのこれまでを計り知れる、わざわざ分け入って正体を確かめることをアイラは控える。 握手を求めた…

赤が染色、変色 5

あいにくの雨、お足下の悪いなか、卑屈な表現に聞こえる感覚を人は取り去ったらしい。一切の世辞を述べないアイラは、雨に降られるまま体を濡らす、会場である大分コンベンションセンターに入った。堂々、表口を潜る。 土曜日。午前中はセンターの象徴と聞い…

赤が染色、変色

「ご飯が炊き上がりました、ご飯が炊き上がりました」炊飯器が呼びかけた。七時を過ぎたか、彼女はリビングの照明をつけた。 カレーは二日目がおいしいのと言い訳めいた文言で明日の夫の夕食を私は既に作り出し、完成完成作り置き。 すらすら言葉が、つらつ…

赤が染色、変色

「中身はどうしても男っぽいのよね、あの子」くすっと、三葉は笑いをこぼした。コンロに立って、火を弱める、この辺りから失敗は許されないのよ。だけど、ははは、笑える。昔の私みたいなんだもの、あの子。けれど、それが異性には強力に作用するって気付く…

赤が染色、変色

私も一緒に彼女と同じ空間に一生息が詰まるそのときまで、死を迎えられたらな。たぶんおかしいけれど、本望よ。 鶏肉を炒める。豚でもなく牛でもなく、細切れでもない、鶏モモを一口大より大きめにカットして焼き色がついたころあいを見計らい、野菜たちの鍋…

赤が染色、変色

「たまねぎ、火にかけっぱなしだった」三葉はキッチンに駆け込む。わざとリビングと玄関をつなぐドアは半開きにしていた。「あちゃあー、やってぇしまった。もう、始めからやり直しだわ。また炒めなおさなきゃ」 「おーい、大丈夫う、松田さん」 「はあい。…

赤が染色、変色 4

インターフォンを取る、回覧板だ、無駄話が長引かないように、カレーの匂いを振りまいて、火をかけっぱなしにしておく、おっちょこちょいを演じるのよ、面と向って挑みかかるのは割りに合わない、三葉はミルクパンを台所下から取り出し、木べらでほんの少し…

赤が染色、変色 4

ようやく明日に迫った、息が詰まりそうで恐ろしい。夕食、それにお弁当はいつにもまして豪勢なおかずをふんだんにちりばめた。普段手を抜いていたと、あの人は思うだろうか。ううん、松田三葉は首を振る、詮索はするけれど一方的な意見一つで決め付ける人じ…

赤が染色、変色 3

天井をアイラは見上げた。いつもの癖だ。こうして、何の気なしの行動を首が司る。疲労の証、サイン、記し、予兆、アラーム、警告、予鈴、掛け声、カウント、明滅。 煙が立ち昇った。 三週間のライブを振り返る、わざとらしく合間に死体の映像が割り込む、目…

赤が染色、変色 3

「吊りズボンであれば、パンプスをお勧めします。もちろん、他の二足でも過不足はありません。ですが、いつもとは違う系統の服を選ばれた事実を考慮しましたら、はい、あまりにも通常過ぎる選択は単なる奇抜に終わる可能性が高く、ゆえに判断を女性的な意味…

赤が染色、変色 3

ギターを職人に差し出す。冬季も黒い髑髏がプリントされたTシャツ、長髪のスタッフに手渡した。彼が弦の調節を行ってくれる。ステージ裏に風のように姿を現すエンジニアは、音響設備は施設に備え付けの機械を一部使用するとのこと、ギターを含む音声に関し…

赤が染色、変色 3

とはいえ、理想はどうやらあったようだ。より昔に、何も知らなかったときにまで、戻ることを内面の奥深く分け入った森、乾いた葉の裏側、そのさらに下の、湿る腐葉土の深部に息を潜め、丸まった私は重たい瞼で迎えを待つか……。 彼らに届ける場所を明確に捉え…

赤が染色、変色 3

差し掛かったステージ、ひょいと、彼女は飛び乗った。中央に立つ。 人知れず音を奏でる、斜めに出番を待つ踏ん反り返る一本をスタンドから手に取る。観客は数人。 亡くなった人物が残したと思われる、手紙を浚った。歌いながらである。 私が目的らしい、人生…

赤が染色、変色 3

カワニは裏方の人間、それゆえ映像化やネット上にあるいはその他媒体への公開という可能性が片隅に残っていた。一夜限りとは割り切れないのだろう、どこまでも貪欲で、つまるところ歌手たちの多くはそうやって、物理的に一度きりのライブすらも繰り返し、大…

赤が染色、変色 3

「収容人数は千二百人、だそうです」参りました、と付け加えた他人事のようなカワニの発言は、大き目の会場に目星をつけて、ありとあらゆる会場を探し当てる今回の戦術が引き起こした。完全に把握しきっていないまま、見切り発車で、ツアー会場の選考が行わ…

赤が染色、変色 3

しかし、過去の事例ではライブ開催の翌日に死体は見つかる、気は抜けない。連続殺人を食い止める方法は、ライブの中止が残された強い手札。だが、最終週の福岡の開催をもって彼女はライブの終了を決めていた、変更は受け入れないつもり。公演中止の働きかけ…

赤が染色、変色 3

長崎県のライブは西部の、かろうじて建物が現存する印刷工場での開催であった。近隣の住居は三世帯が暮らす集落が山の中腹入り口に建つ。事前にかつての工場が発した音は山の形状によって集落には届かなかったそうで、深夜であっても騒音の心配はない、との…

赤が染色、変色 2

子供ほどの女性歌手に入れ込む姿に、明らかに不審めいた夫の態度と距離。始まりは、数ヶ月前に訪れたライブハウスの定期公演だった、娘の付き添いで歌う姿に惚れ込んだ。同世代の関心は海外の若い男性、アジア系の歌手や役者だけれど、これまでそういったあ…

赤が染色、変色 1

「だ、大丈夫ですか?」カワニだ。 「被害は今のところ受けてません。かなりの人数に囲まれて」アイラは務めて落ち着き払った態度で首を伸ばす、前後と右側の状況を探って応えた。「五十人はいますかね、ホテルの宿泊客がほぼ私のライブに訪れたお客だったと…

赤が染色、変色 1

「……アキさん?」アイラは尋ねた。 「はい、あ、ここです」顔が見えない、上ずった声が聞こえるのみだ。 「煙草を吸っても?窓を開けますから、許可を抱きたい。外には出られない状況ですから」 「私は、は……い、大丈夫です」 「不破さんはタイミングが遅れ…

赤が染色、変色 1

「当てが外れたんですかね」内ポケットに手紙を折りたたんでしまい込む。折れ線は気にしていない様子の土井である。三件目の手紙はバッグから見つかった。それはファイルに挟まれていた。 ポケットに入れる時間がなかった、つまり予めバッグに忍ばせておいた…

赤が染色、変色 1

「煙草を吸うのなら、外で。喫煙者の居場所が追いやられるのはあなたのような方がいるからです」アイラは言った。視線は手紙を捉えたままだ。 「これは、煙草ではありません。禁煙用のパイプです」 「随分紛らわしい所から登場しましたね」彼は煙草の箱から…

赤が染色、変色 1

「手紙は見つかっていたのですか?」彼らはアイラにすがる、微量な可能性であっても欲しがるだろう。本心は眠っていたい、まだ体は起きていなかった。前に応えた事例を引っ張り出した彼女の返答であった。 「ポケットに入ってました、どうやら通常の紙に戻し…